cling

 過去の壁を乗り越えて、人は少しずつ大きくなっていく。

幸せ日和


 帰宅部のあたしは、学校帰りに河原を歩いていた。すると、見た事のある人物が視界に入る。その周りでは小さい子供が何人か遊んでいて、どうやらその人はその子達の面倒を見ているようだ。
 あたしは、思わずその人に近づき、そして声をかけた。
「無涯さーん、お久しぶりー」
「ああ・・・か、久しぶりだな」
 その人物、屑桐無涯は穏やかな表情で振り返った。彼を知る人物が見たら驚くであろう表情で。
「大変そうッスね」
「俺はそうは思わないがな。お前には一生無理な事だろう」
「無涯さん何気に酷っ!?」
「本当のことだろう」
「……っ」
 さすがに本当の事には否定出来なくて、あたしは黙り込んでしまった。そんなあたしを見て、無涯さんは笑った。その様子を見ていた子供達もつられて笑った。
「しょ、しょうがないだろ!昔小さい子の相手してて散々な目に遭ったんだから……」
「どんな目に遭ったの、お姉ちゃん?」
「そ、それは……」
 小さい子達の中の女の子が、興味津々な目をして聞いてきた。その純粋な目を向けられて答えない訳にもいかなくなってしまったあたしは小声で答えた。
「……ちびっこに集団でいじめられて……泣かされた」
「「……」」
 言った後で、顔が赤くなるのが自分でも分かった。本当に恥ずかしい。妙にリアリティがあってか、笑いも取れないから余計に恥ずかしい。無涯さんもどんなリアクションをとったら良いのか凄く迷った顔をしてる。それはそれで面白かったんだけど、恥ずかしすぎて笑えもしなかった。
 中学の終わりの頃だったか、小さい子を集団で預けられた私。小さい子だから泣かさないように優しく接してた。
 それが甘い考えだった。今どきのちびっ子達に逆になめられて、怒るわけにもいかなくなったあたしは結局いじめられて、不覚にも悔しくて泣いてしまった、そんな苦い思い出がある。
 それからだ、ちびっこの相手が苦手になったのは。絶対保育士にはならないでおこうと決意した日でもある。まぁ、最初からなりたいとも思ってないけどさ。
「お、お姉ちゃん・・・!」
 昔の思い出と決意に浸っていたあたしを呼び戻すかのように、先程の女の子の声が耳に入った。リアクションに困った無涯さんを置いて何してんだ、あたし。いや、そうじゃなくて。
 次の瞬間、女の子の必死な声が耳に届いた。
「私達はお姉ちゃんの事いじめたりしないから!ね、無涯お兄ちゃんと一緒に遊んで!」
「へっ・・・?」
 思わず、気の抜けた返事をしてしまうあたし。だって小さい子に気を使ってもらえるなんて思ってもいなかったから。うん、普通はこんなことあるわけが無いもんね。
 他の小さい子達も「一緒に遊ぼ!」と言ってあたしの周りにわらわらと集まってきた。あたしはどうしたら良いのか判らなくて無涯さんに視線だけで助けを求めた。
「遊びたいと言ってるんだ、遊んでやれ」
「は、はい」
「「やったー!!」」
 あたしが頷くとちびっこ達は喜びの声を上げた。そして「紙ヒコーキ作ろう!」とか「鬼ごっこやろう!」という声が四方から聞こえてくる。更には両方の手を違う方向に引っ張られたりした。
「待って、待って!あたしは一人しかいないから一つずつやろう!」
「分かった!じゃぁ」

*

 夕暮れ時の河原には、はしゃぐちびっ子達の声とそれに掻き消される事の無いあたしの少し低めの声が響き渡る。無涯さんが「もう帰るぞ」と言うまで、その明るい声達が途切れることは無かった。


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05.01.29. 坂田明那
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