cling

 私の幸せは、君からもらったものばかりなんだ。

ラピスラズリ・リリィ 05

 二軍の練習も終わり、自主練も人がまばらになってきた。私はコートの整備と、自主練に残った選手のデータを集めるために残業をしていた。他のマネージャーは既に帰っていたため、気を張らずに選手を眺めていた。

「(全中終わってすぐだから、自主練、人少ないな……)」

 全中に向けて、一軍昇格を目指して頑張る子も多かったが、全中が終わってからは自主練の人数も大分まばらになってしまった。もう少しで伸びそうな人も多いのに、全中が終わってしまったからといって、自主練を短く切り上げる人が増えた。伸びるなら、このタイミングなのに、もったいないな。特に今日は昇格試験があったあとなので、際立って人が少ない。
 そんなことを考えていると、自主練に残っていた最後の一人の二年生が声をかけてきた。

、もうオレ上がるわ」
「はい、お疲れ様です!」
「片付けはやっとくから」
「それでは、鍵をお願いしてもいいですか?」
「ああ、職員室に返しとくわ」
「ありがとうございます、お願いします」

 ポケットにしまっていた鍵を取り出して、先輩に手渡す。

「それじゃあ、お先に失礼します」
「お疲れ。悪いな、最後まで付き合わせて」
「いいんですよ。頑張ってる人のサポートをするのが、私たちマネージャーの仕事ですから」
「お前以外のマネージャーは、いつもさっさと帰っちまってるけどな」

 選手も、マネージャーも、見ている人は見ている。頑張っている人のことも、頑張っていない人のことも。見えるものを、見ている。

「別に、だからエライってわけでもないんです。私は、バスケが好きで残っているだけなんです」
「そう言えるのが、すげーよ」
「先輩こそ」
「うん?」
「全中終わってすぐなのに、モチベーション保ってこんな遅くまで練習残るなんて、すごいです。昇格テストはまだ先ですが、頑張ってください」

 すると先輩は笑った。

「ありがとな。それと、悪い、やっぱもうちょっと練習するわ」

 あ、この人は、伸びる人だ。心の中で応援しようと決めて、私は練習に戻る先輩の背を見送った。こんな人が、救われて欲しい。結果を出して欲しいな、なんてことを思いながら体育館をあとにした。
 部室棟に戻る前に、三軍の体育館がまだ明るいのが目に入った。こんな遅くまで練習している人が、三軍にもいるのか。少し覗いていくか、と思い、体育館に足を踏み入れる。

「あれ?」

 しかしそこには誰もいなかった。解放されている体育館に、バスケットボールが一つ転がっているのを見つけた。片付けもせずに電気もつけっぱなし、施錠もしていないなんて、最後のやつは何を考えているのか。仕方ない。ここは私が片付けをして、点数を稼ぐとするか。誰も見ていないけれども。
 転がったバスケットボールを拾い上げる。片付けるつもりだったが、私は思わずそれをゆっくりと床に打ち付けてしまった。聞きなれた心地よい音が体育館に鳴り響く。
 腹のそこから湧き上がる衝動が、抑えきれなかった。
 キュッと床を鳴らし、ドリブルをしながらゴールに向かって走り出した。ドリブルの音と、シューズが床を蹴る音が重なる。ディフェンスも何もない、広々としたゴールに向けて、シュートフォームにうつる。利き手でボールを放つ。もう片方は、添えるだけ。
 緑間には程遠いが、綺麗に弧を描いたボールは、運良くネットを揺らした。
 ボールが床にぶつかって、跳ねて、また落ちて、やがてボールは床に転がる。

「楽しい、なあ」
「ナイスシュート、です」

 誰もいなかった空間に、突如声が現れた。振り返ると、そこには一人の男子が立っていた。

「すみません、ここで練習していたのですが、ほんの少しトイレに行っていて、席を外していました」
「ダメだよ。ちょっとの間でも施錠しなきゃ、私みたいに不法侵入者が入ってきちゃうよ」
「マネージャーの、さん、ですよね」

 こちらの顔は知られているようだった。

「僕は、三軍の黒子テツヤです」
「ご存知の通り、二軍マネージャーのです。よろしくね、黒子くん」
「よろしくお願いします」
「あ、そういえば、ごめんね!勝手にボール使っちゃって……」

 そう言って、私は小走りでゴールしたのボールを拾いに行った。

「はい、パス!」

 拾い上げたボールを、彼に向かって放り投げた。ボールは、彼の手の中に吸い込まれる。

「ナイスパスです」
「いえいえ、マネージャーですから」
さんも、好きなんですね、バスケが」
「……うん、そうだよ」

 私は、バスケが好きだ。
 始めたきっかけは、大好きな二人だった。大輝とさつきが、バスケを始め、私はそれを追いかけるようにして始めた。バスケ馬鹿である大輝のプレーを見て、さつきにいろんな技を教えてもらって、私のバスケは出来上がった。
 理由は、少し不順だった。大好きな二人の背中を追いかけて、私のバスケは始まった。だけど、今は違う。

「私は、バスケが大好きなんだ」

 バスケというキラキラ輝くこの幸せも、君からもらった大切なものの一つなんだよ、さつき。

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13.12.25 明那
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