cling

 とてもくだらないお話。ありふれたみにくいお話。それから、ありふれていない、愛のお話。

ラピスラズリ・リリィ 03

「4月、新しくマネージャーとして入ってきた女の子がいました。とても可愛くて、優しくて、仕事も出来てしまう完璧な女の子でした。
 上級生のマネージャーは、時が経つにつれて、選手の好意の視線が彼女に集まっていくことに気づき、不満を持ち始めます。その不満はいともたやすく溢れかえり、悪意となってその女の子に襲いかかりました。
 女の子は困惑しました。

『どうして。私は、ただ、大ちゃんと、好きなバスケに関わりたかっただけなのに。』

 優しい女の子は考えました。どこで何を間違えたのか。自分の何が悪かったのかと、真剣に悩んだのです。女の子は、傷つき悩みました。」



「話は変わります。それと同時期に、女の子の友達が女バスをやめ、男バスのマネージャーになりました。
 その女の子は男バスに好きな人がいて、女らしく生きようと決めたらしく、可愛い身なりでマネージャーの仕事に尽くしました。仕事もでき、すぐに選手の人気の的になりました。
 それと同時に、上級生のマネージャーの不満の矛先も変わりました。次は新しいマネージャーが気に食わなかったのです。最初の女の子にはもう目もくれず、今度は新しいマネージャーに不満が悪意になって、襲いかかりました。
 だけど新しいマネージャーはへっちゃらでした。好きな人のために頑張るには、そんな悪意なんか関係なかったのです。そうして悪意を身に受けながら、マネージャーの業務に今日も勤しむのです。」



 約束をした次の日の昼休み、私と赤司は、再び部室で話をしていた。

「そして今日もマネージャー業務に健気に勤しむのが、この私っつーわけよ」
「大体わかったが、大体しかわからなかったな」
「わりぃ、適当過ぎたか」
「最初の女の子っていうのが"桃井"だろ。確かに、最初の頃は何か悩んでいる様子だったが、そんなことがあったとはな」
「上級生マネージャーは陰湿だからなー。選手の見えないところでやったり、友達使ったりしやがって。選手に媚びうるなとか裏でキャンキャン怒鳴られるし、いや、そんなの気にしてんのお前らだけだっつーの。業務に集中しろやボケがってなるんだけど。おっといけねぇ、話が逸れたな」
「いいよ、続けてくれても」

 赤司は昼食のパンをほおばりながら片手間で聞いてくれていた。

「まあともかく、私は好きな人に近づくために、慣れない女の子を演じることを決めたんだよ。髪も巻いて、先生にバレねぇ程度にメイクして、スカートの丈も短くして、精一杯自分を磨いた。仕事はもともと出来たしな、監督コーチに気に入られるのにも、目立つにも時間はかからなかったさ」
「ほう」
「そうして私は好きな人の視界の中に入ったんだ、そして今日も、その人のために頑張っている」

 今日も朝、頑張って早起きをして巻いてきた髪を、指先でくるくるといじってみる。我ながら、とても健気な姿だと思う。らしくない姿だと、吐き気を催す。本当は、本当になりたいのは、こんなものじゃない。

「この話は、二通りの解釈ができる」

 突然、赤司がしゃべりだした。見ると、昼食を全て食べ終わったようだった。

「一つ目は、二つの話がそれぞれ独立していると仮定した場合だ。この場合、君は、選手の誰かに恋をして、桃井の話関係なしに、君が誰か、選手のために自分を磨き、その邪魔をする悪意に対して立ち向かっている、ということになる。この場合、好きな選手が、狙っている選手が誰かは、とても気になるところだが」
「それがお前だ、って言ったら?」
「ダウトだ」

 赤司は即座に切り捨てる。しかし目が笑っていない。私も、笑っていられる余裕はもうなくなっていた。

「二つ目は、一見バラバラに思える二つの話がつながっていて、後半に嘘が混じっていると仮定した場合だ。そして、これがこの話の真実なんだろう、

 赤司は、たどり着いていた。私の真意に。嫌な汗が、背中を伝う。

「いじめを受ける桃井のために、身代わりになったんだろう、

 赤司は、静かに私を見据えた。私は、笑って言った。

「ご名答」
「くだらない!!」

 彼は、珍しく声を荒げた。怒気を孕んでいる。どこに、怒る要素があったというのだろうか。

「たったそれだけの理由で、は君自身のバスケを諦めたのか?!とても、くだらない!!こんなことがあってたまるか、こんな仕打ちが」

 "たったそれだけ"、"くだらない"、その言葉が私の心に引っかき傷を残す。

「どうしてこんな手段をとったんだ。もっと他に、最良の道がどこかに」
「赤司、もしもの話だ」
「オレは、もしも、といった不毛な話が嫌いだ」
「まあそう言わずに。目の前で自分の大切なものが傷ついていたとして、その姿を見て、最良の道を考える余裕なんて、あると思う?」
「そういう問題じゃない。余裕がなかったにしても、自ら不利益を被る立場に、どうして身を投じるんだ?言ってしまえば、たかが友愛のために、どうしてそこまで自分を犠牲にできるんだ?」
「"たかが友愛"のためには、私だって自分を犠牲にできないよ、征十郎」

 赤司が、息を飲んだ。しまったという顔をしている赤司を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない、なんてどうでもいいことが頭をよぎっていた。そんなことを考える余裕だけは、どうしてか存在していた。

、まさか、君は」
「この世界は、だから息苦しいんだ」

 大多数が正義を唱え、それ以外は排除される。それ以外に属する私は、世間一般からは排除される存在だった。
 一体、誰が決めたんだろうね。"好きな人は異性でなければならない"だなんて。

「友愛なんて生ぬるい、私は、桃井さつきを愛してる。だから、私は彼女の身代わりになった」

 私は、驚きを隠せない赤司をまっすぐ見つめた。

「ねえ、それでも君は、くだらないって、言ってくれる?」

 ありふれた愛の話だと言って、いっそ笑い飛ばしてくれたらいいのに。
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13.12.09 明那
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