cling
君の幸せのための、私の幸せのための、秘密を。
ラピスラズリ・リリィ 02
帝光中学校男子バスケットボール部は強い。まず部内で一軍から三軍に分けられ、練習メニューがそれぞれのレベルに合わせられている。私は現在、二軍のマネージャーに就任していた。この学校の二軍のレベルは、多分他校では一軍レベルくらいだろう。マネージャーの仕事をこなしながら練習を見ているが、上手い。大輝が小学生高学年くらいのプレイレベルかな、だなんて、入って早々に一軍レベルに達していた彼を引き合いに出してみる。
大輝とは幼馴染だった。家が近く、物心ついた頃にはすでに一緒にいた。
「おい、」
噂をすればなんとやら。その本人、青峰大輝が登場した。
「なんで、二軍の方に顔出してるの、"青峰くん"?」
「うげっ、だからその喋り方、キモイんだよ」
「うっせぇ黙れ」
「そう、その方がしっくりくる」
そう言って無邪気に笑いやがるこいつは空気を読んでくれない馬鹿だ。元の私の口の悪さは確実にこいつ譲りだし、気も合ういいやつなのだが。如何せん、馬鹿だ。
「もー、青峰くん!!」
そして、もう一人の幼馴染がやってきた。一軍マネージャーの彼女がどうしてここに来たのか、何か用事でもあるのだろうか。
「げ、さつき」
「ごめんねー、ちゃん、コイツが邪魔して」
「部活では、苗字だよ、"桃井さん"。どうしたの?」
「あ、ごめん。えっと、"さん"……赤司くんが、練習後に一軍部室に来てくれ、だって」
予想通り、彼女は私に用があったようだ。
「分かった。伝言ありがとうね」
「ううん。じゃあ戻るね。ほら!行くよ、青峰くん!」
「ぐえっ、さつき、だから、わかったって!!引っ張んな!!」
「というか何しに来たの?あ、もしかして練習キツイからサボり?!」
「はぁ?!んなわけねーだろバーカ!!」
「バカとはなによー!!」
私の二人の幼馴染は口喧嘩をしながら遠ざかっていった。相変わらず仲が良い、と周りからは見えるらしいが、あれでも当社比50%である。はずかしがってお互い必要以上の接触を避けているのだ、実は。しかし、それすらも傍から見れば付き合っているように見えるらしい。
「羨ましいな」
コートの隅で、呟いた言葉は、ボールが床を付く音とバッシュが床を蹴る音にかき消される。
気持ちを切り替えよう。ここは、神聖な練習場所、バスケと真摯に向き合う場所だ。
*
練習終わりに、指示通り一軍の部屋に向かった。扉をノックしようとしたところ、ちょうど中から緑間が出てきた。
「む、、どうかしたのか?」
二軍マネージャーであるにも関わらず、私は一軍のメンバーに名前を覚えてもらっていた。
「赤司くんに呼び出されて。多分ミーティング。緑間くんは?」
「オレは今からシュート練習なのだよ。今日のノルマはラッキーナンバーの43。今日も人事を尽くすのだよ」
「そっか、頑張ってね」
緑間はメガネをクイッと上げて、それが返事の代わりだったのだろうか、そのまま体育館の方へ向かって行った。
「ちゃーん?」
「……何、どうしたの灰崎くん」
まとわりつくような猫なで声で、私に声をかけたのは灰崎だ。自然な流れで肩に腕を回してくる。ボディタッチが多くて少し腹が立つ。
「いいや、特になにも用はないけど、絡みたかっただけ」
なら必要以上にベタベタすんじゃねーよ、なんて本音は言える訳もない。
「そっか、構ってちゃんだなー、もう」
とまあ、自分で言って鳥肌が立ちそうなセリフを我慢して言いつつ、灰崎の腕からさっと抜け出す。
「灰崎、自主練行こうぜー」
「ぐえっ」
大輝が部室から出てきて、灰崎にラリアットをかました。
「痛えじゃねぇか、青峰!やんのか、コラ!」
「おう、1on1でな」
「このバスケ馬鹿が!!」
なんて言い合いをしながら灰崎と大輝は自主練に行ってしまった。大輝は振り向き、私をチラッと見てから背を向けた。そんな大輝に心の中で感謝をする。
「ちんー、お菓子ー」
次に出てきたのは会った瞬間からお菓子を要求するお菓子魔人、紫原だった。
「ごめん、紫原くん。今持ち合わせなくって」
「えー」
「紫原、マネージャーを困らせるな。自分で買って来い」
「赤ちんが言うならー」
それだけ言い残して、彼も部室から出て行った。そうしてやっと、私は部室に足を踏み入れることができた。扉を占めて一息を付く。部室には、赤司と私の二人だけがいる。
「今日の二軍の様子はどうだった?」
「特に問題もなかったよ。練習メニューも適切だったと思うよ、赤司くん」
「、喋り方、元に戻して構わないよ。二人なんだし」
「……あー、そうだな。うん、そうさせてもらう」
「二軍の報告は以上か?」
「あ、着々と育ってる選手もチラチラといたぜ。全中終わってから頑張り出したやつが、ちょっとずつ芽出してる感じ。選手名はあとで監督の方に提出しとくわ」
「……そうか、よく、見ているな」
「マネージャーとして仕事をしたまでだ。褒められるようなことやってねぇよ。以上報告終了」
「そうか」
「で、私を呼び出した本当の理由に移ろうじゃないか、征十郎」
「察しがいいな。話が早い」
「二軍管理は副将の管轄でもあるが、わざわざ私に報告させるほどの内容が全中直後のこの時期にはないからな。大会も試合ももう少し先なのに、この時期に二軍から一軍に引き抜く戦力も育ってねぇって分かってんだろ?」
「それに関しては、君の読みはハズレだ。報告の方もちゃんと気にしていたよ。……しかし、この話は置いておこう。君とこういう話をすると長引いて仕方がない」
そう言われて私は押し黙った。確かに、バスケ部の話になると彼とは話が途切れない。二軍のどいつが一軍にいけそうだ、とか、無駄にしゃべりこんでしまう。
「本題だ」
赤司の雰囲気がガラリと変わった。威圧感がひしひしと伝わってくる。
「全中前にした約束を、果たして欲しい。、君の秘密を教えて欲しい」
赤司は私の両目を、まっすぐと見据えて言った。
「なぜ君は、その実力を持っていながら、女バスを辞め、わざわざ男バスのマネージャーとなったのか」
私はわざとらしく、ため息をついた。そんな私を無視して、赤司は言葉を続ける。
「どうして、いじめの標的になっているのか」
「……」
「教えてくれ、」
「……」
「お願いだ、。なっ?」
あざとく顔を傾け、お願いする赤司に心が揺れた。
「お前、なっ?ってなんだよ!!可愛いじゃないか!!くそう!!」
「可愛いものに目がないのか。うむ、これは使えるな」
「お前が!!自分のあざとさに気づいて武器にしたら私なんかイチコロじゃねぇか!!」
「ではお望み通りイチコロにしてやろう」
そう言うと赤司は私の目の前に来て、私のシャツの端をクイッと握って引っ張った。少ししゃがんだかと思うと、上目遣いで私を見つめて、少し高い声で言った。
「お願い、教えてよ……お姉ちゃん?」
「いいよー!!!お姉ちゃん!!!喜んで教えちゃうよおおお!!征十郎!!可愛い!!超カワイイ!!」
可愛さのあまり、そのまま赤司を胸に抱いて、なでなでしてやった。しかし誰だ、赤司に私の好みを教えたやつは。多分大輝あたりだろうが。腕の中で赤司がぼそりとつぶやいた。
「秘密を知りた過ぎてためらわなかったが、やったあとすごい恥ずかしいな、これ」
「すごく可愛かったぞ。ところで征十郎、誰から私の好みを聞いた」
「青峰だ」
大輝め、あとで覚えておけ。
「こんなふざけた空気にしたほうが、喋りやすいだろうとも言っていた」
腕の中で、赤司がそう説明を付け加えた。赤司め、大輝にまで探りを入れていたのか。
「大輝に、私の"秘密"は聞かなかったのか?」
「聞いたさ。だが本人に聞けとあしらわれた」
「そう、か」
「で、教えてくれるよな?」
腕の中で首をかしげる赤司に、私は抗うことをやめた。
「話してやるよ、私の秘密」
君のための、私の秘密を。私の幸せのための、秘密を。
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13.12.09 明那