cling
先の見えない私にとって、君を好きなことが唯一の救いで、君の幸せだけが私の幸せだった。
ラピスラズリ・リリィ 01
この世界は息苦しい。なぜなら、大多数が正義を唱え、それ以外は排除されるからだ。
「あんた、ウザイんだけど」
「とっととあの人たちのそばから離れてくんない?」
うつむいて怯えてる演技をしながら、私は降り注ぐ言葉を受け流していた。
「何か言ったらどうなのよ?!」
ヒステリックな醜い声は、耳をつんざいて、それから頭に何かがぶつかった。痛みが走り、髪が乱れる。彼女たちは早々に手を上げたようだ。
「や、やめてよ……どうして……」
蚊の泣くような声で主張をしてみる。顔を上げれば思ったとおり、醜悪な表情がいくつも浮かんでいた。どうやら火に油を注ぐことに成功したようだ。私の思惑通り、更に多くの罵声と暴力が私を襲う。
だけど、私は笑いを堪えることで精一杯だった。暴力を浴びせ、虐げていると思い込んでいる彼女たちが、実は私の手のひらの上で踊らされているだけだということに、思わず笑みがこぼれそうになる。
これは私が望んだことだった。彼女たちの攻撃を、私に向けることこそが、私の目的だった。
さて、と。そろそろこの茶番を中断しなければならない。私は声を上げる。
「やだっ、助けて!」
「何をしているんだ」
彼女たちが一瞬で行動をやめた。その声の主を視認すると血相を変え、震える声で呟いた。
「あ……赤司、くん……」
「もう一度言う。君たちは、何をしているんだ」
「え、あっ……と、その……」
口ごもる彼女たちは、お互いに目配せをして、言い訳を探していた。
「オレの言ったことに答えられないのか」
「えっと……そう、少し、お話をしていたの」
やっと答えたのはグループのリーダー格の女の子だった。
「こんな、人目につかないところでかい?」
「それは……」
赤司の真っ当な疑問に、リーダーは言葉を詰まらせる。フォローできる人はいなかった。仕方がない、もう時間切れだ。
「赤司くん、そろそろ部活がはじまる時間だよ」
赤司に向き合っていた彼女たちは振り返り、私を驚きの目で見る。助けたわけではないが、彼女たちの中にはほっと胸をなでおろす者もいた。私は一切手を出せない彼女たちのあいだを突っ切って、赤司のもとへ歩いて行った。
「そうだな、行こうか、」
そして赤司は彼女たちに背を向けた。緊張から解放されて安堵するものがほとんどだった。バカみたいだ。もっと上手くやれるように準備しておけばいいのに。なんて思って、彼女たちに勝ち誇った笑みをくれてやれば、私の目論見通り、彼女たちは再び醜悪な顔を私に向ける。
それでいい、そうしてまた、私への憎悪が膨らめばいい。いつでもいじめにおいでよ。そうしてまた、私はあなたたちの憎悪を倍にして返してあげるから。
「何を、笑っているんだ」
「あ、バレちゃった?」
可愛く舌を出してみれば、赤司はため息をついて、理解をしたくない、と表情で語った。彼は、私のこの"計画"を知っている一人だった。
部室に辿り着き、中に入る。部室内に先客はおらず、二人きりの空間になった。
「ねぇ、赤司くん」
「二人きりの時ぐらい、甘ったるい声とその呼び方はやめてくれ」
うんざりしていた理由は、どうやら私の猫かぶりが気持ち悪かったせいらしい。
「悪いな、征十郎」
「ああ、その喋り方の方が、オレは落ち着く」
そう言って赤司は私に近づき、私の肩に頭をうずめた。両の手は、特に私を抱きしめるわけでもなく、だらりと横にぶら下げている。
「、どうして、君は」
その問いの答えは、まだ君には言えない。私がわざと、この状況を作り出し、身を置いていることは言えても、まだ、本当の理由までは言えない。もしかしたらもう、気づいているかもしれないけれども。
「ごめんな、征十郎」
「なぜが謝るんだ。何も、悪いことなんかしていないよ」
「そっか」
述語のないままの会話は、私が赤司に、赤石が私に踏み込まないようにしているからこそ、成り立っていた。
季節は秋。まだ少し汗ばむ気候の元、これから部活に励むであろう赤司を抱きしめてあげれば、彼の体温が、鼓動が伝わる。あやすように背中をトントンと叩けば、彼は小さな声で「すまない」と呟いた。それを合図に私は赤司を解放する。赤司も私の肩から顔を上げる。私は笑って、赤司に言葉をかける。
「部活、頑張ろうか」
「ああ、そうだな」
赤司も笑って、私に頷いた。その笑顔の裏に潜む真意には、気づかないふりをした。
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13.12.08 明那