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ゆめのはなし 17

 季節は進み、梅雨に入った。私は体調を崩し、しばらくの期間を家で過ごしていた。
 桃井さんからは「大丈夫?」と心配のメールが来た。語尾には可愛い顔文字付きだ。「ありがとう」と返せば、数分も経たないうちに「次学校に来た時にお昼ご飯を一緒に食べよう」というお誘いメールが返って来る。それだけのことだが、この世界で征ちゃん以外と接触を避けていた私は、ちょっと感極まって泣きそうになってしまった。桃井さんのような優しい子と友人になれて、本当によかった。
 メールの返事を考えてるうちに、桃井さんからもう一通メールが届く。「そういえば、もうすぐ学園祭だね。昨日から学祭準備始まったよ」と、学祭の話題になった。私が休んでいるあいだにクラス出店の準備が始まったようだ。帝光祭、そういえば小説エピソードであったなあ、だなんて思い出してみる。桃井さんは確か、クレープ屋さんだっけ。
 なんてことを思い出していたら、彼女から再びメールがくる。案の定内容は、「クレープ食べさせてあげるから楽しみにしといてね!」ということだった。黒い炭と化したクレープが頭をよぎり、ちょっと先の未来に苦笑しながらも、私は彼女に、「楽しみにしているね」と知らぬ顔で返信をした。



 結局、私の体調が戻ったのは帝光祭当日であった。準備期間を丸々サボるという、クラス的にははた迷惑な存在になってしまったが、元はいてもいなくても変わらない存在だったことを思い出し、すぐに罪悪感は薄れた。

「征ちゃんは帝光祭、何するの?」
「クラスの出し物はお化け屋敷だったかな。オレは内装係だったから当日やることはないし、将棋部や囲碁部の企画を回ろうと思う。征は?」
「私は準備期間ずっと休んでたから、クラスの出し物のシフトも多分ほとんどないだろうし……あ、桃井さんのクレープだけ食べに行く予定が入ってる。約束したんだ、桃井さんと」
「桃井と仲良くなったのか?」
「この前メールアドレスを交換したの。あと、青峰と紫原と、灰崎ともすれ違った時に話したよ。緑間には前に保健室に運んでもらったきりだけど」
「そういえば、いつの間にか虹村さんとも顔見知りだったな」
「昼休み、校内ですれ違って、征ちゃんに似てるからって呼び止められたの」

 私は嘘を混ぜながら征ちゃんに話をした。灰崎に襲われているところを助けられた、なんてことは絶対に言えない。

「虹村さんらしいな」
「ほかの人もそんな感じだよ。みんな、征ちゃんに似てるって言って声かけてくれるんだ」
「そうか」
「あ、そうだ。空いた時間があったら一緒に焼きそば食べに行こうよ」
「いいよ。ただ」
「うん?」
「紅しょうがを抜いたものを、頼む」
「うんわかった、覚えとく」

 征ちゃんと約束を取り付けて、私たちは帝光祭に向かった。



 しかし、私の予想は大きく外れることとなった。
 教室に入った瞬間にクラスの女の子につかまり、私は強制的に教室に設置されていた暗幕の裏へと連れ込まれた。名も知らぬクラスメイトは、心なしか鼻息が荒い。

「ごめんなさい!赤司さん!でも、こうするしかなくって!」
「え、あの、一体、どういう……えっ、あっ」

 リボンタイを解かれ、シャツのボタンに手をかけられて、あっという間に複数の女の子に服を剥ぎ取られる。
 気づいたら、袖のないセーラー服を着せられていた。胸元にはブローチを真ん中に輝かせた大きなリボン。スカートはやたら短い上にコウモリの羽みたいな形をしている。中にパニエを履いているのでスカートはふんわりと膨らんでいる。
 なにが、起こっているのだろう。されるがままに服を着せられ、立ち尽くしている私の前で女の子が周りに指示を出していた。

「ハイソックスはそのままでいいとして、あとは小道具ね。はい、赤司さん、これつけて!」

 彼女は手に持っていた白い長い手袋を私に押し付けた。手を通してみると、長さは二の腕まであった。これでノースリーブのくせに腕の露出率は二割程度に落ち着いた。って、そんなことを言っている場合じゃない。

「みんな、小道具持ってきて!角とブーツと、そう、あと羽も!委員長!受注してたステッキはー?」
「おう!なかなかのクオリティだぞ!」

 暗幕の向こうから委員長と呼ばれた人の声がする。

「えっと、あの、これは、一体」

 頭に小悪魔っぽい角のカチューシャやらリュック式の背負う悪魔の羽を背中につけられながら、私は指示を飛ばす女の子に問う。どうして私がこんな格好をさせられているのか。

「赤司さん、文化祭準備の間、休んでたよね?」
「あ、うん……それは、ごめんなさい」
「それでね!何も携わらないのは可愛そうだ!ってことで、せっかくだからクラスの教室出店でさ、看板娘をやってもらおうってことになったの!!」
「じ、事後報告……?」
「ごめんごめん、すっかり忘れてた!」

 悪びれた様子が全くない。目の前の彼女は相変わらず指示を飛ばしまくってる。

「そういえば、表の看板にあったあれって……」

 教室に入ってくる際に見かけたすごく可愛らしい赤髪ロングのキャラクターがふと頭をよぎる。

「モデルはあなたよ、赤司さん。いえ、今日だけは、あなたは"赤司さん"じゃないわ。今日、あなたは一日うちの看板娘をやりきってもらわなきゃ、ね」

 渡された白いブーツを履きながら、私は言い渡された。それはまるで死刑宣告のように、私に衝撃を与えた。

「頼んだわよ、"まじかるデビルセーラ戦士、まさみ・マギカ"!!!!」

 ツッコミは、諦めた。



 暗幕の外に出たら、拍手喝采を浴びた。拍手の向こう側から「文化祭準備をサボった分のツケだ、働け」という言葉が聞こえてくるようだった。少なくとも、私はそう感じていた。

「赤司さん…いや、まさみ・マギカ、これを」

 私の名前を言い直した委員長は、先端に大きいハート型になったステッキを私に手渡した。何かに似ている、これは、

「布団たたき、みたい」
「何を言う!!細部までこだわったデザイン!先端のクラウンとハートの中にあるクリスタルは!!僕の!!渾身のデザインだ!!」
「これ、委員長がデザインしたのよ」

 そんなことは私の知ったことではない。

「まさみ・マギカ、君の使命はただ一つ」

 委員長は言った。今日一日、その名前で呼ばれるのか。憂鬱だ。

「我がクラス二年A組を、勝利へと導いてくれたまえ!!!!!」
「赤司さんにやってほしいのは、宣伝だよ」

 クラスメイトの女の子が委員長の意味不明な発言を翻訳してくれた。

「宣伝って、うちのクラス、具体的には何をするの……?」
「甘味屋」
「えっ?」
「甘味屋」

 甘味屋だと言われれば、おとなしい格好の着物のお姉さんが給仕してくれたりするイメージがあるが、どうしてこうなった。そんな私の心のツッコミを読み取ってかどうか、クラスメイトと委員長が説明を始めてくれた。

「ただの甘味処じゃ面白くないってことになって」
「とりあえず君をうちの看板にしよう、ということでキャラクター設定を考えたわけだ」
「それでサブカル路線で行こうと思ったんだけどさ、メイドとか執事はありきたりだなーって、クラスの話し合いでなって」
「魔法少女系はどうかと僕が提案したんだ」
「それだけだとかわいすぎるでしょ?赤司さん、どっちかというとかっこいいクールキャラだから、女子のみんなで戦士っぽいよねってなって」
「更に、キャラクターデザイン的に頭に何か、猫耳のようなものをつけた方がいいという話になり、軽音部の女子がデビルカチューシャを持っていると言い出してな。デビル系もいいんじゃないかという話が出た」
「そうそう!で、それに乗じて、じゃあクラス全体でデビルカチューシャを付けて衣装合わせようってなったの!」
「で、君のキャラクターについては、クラスで出た案をすべてまとめて僕がデザインした!!!」
「委員長、なんで混ぜたの」

 得意げに言った委員長は私の言葉を無視し、一枚の紙を私につきだした。表で見た看板と同じものが描かれていた。

「まじかるデビルセーラー戦士、まさみ・マギカ……」

 私が今着せられている服とほとんど同一のものを着たキャラクターが真ん中に描かれているチラシをみて、私はクラス全員の案をまとめたという肩書きを読み上げた。ちなみにどうでもいいが「まさみ」と「マギカ」の間には星マークが入っている。

「ちなみに、このキャラクターは……」
「君がモデルだ!!!」
「それはさっき聞いた」
「キャラクターデザインは僕がした!!!!」
「この服も?」
「僕がデザインした!!!」
「そして衣装はクラスの女子みんなで作りました!!!」
「ということだ。まさみ・マギカ。ちなみに売上一位のクラスには豪華景品が与えられる」
「一位狙ってるから、その格好で校内闊歩してチラシ配ってきてね!」
「よろしく頼んだぞ」

 よろしく頼まれた仕事が思いのほか重かった。
 そうこうしているうちに、帝光祭の開始を告げる放送が入り、まさみ・マギカこと赤司征美の戦いは幕を上げた。

14.09.17 明那
オリキャラ設定メモ
 [委員長:男子]
 ・美術部
 ・看板・チラシ・コスチューム・魔法ステッキデザイン担当
 ・好きなアニメ:魔法少女系アニメ
 ・得意なこと:萌系デザイン、クラスをまとめること
 ・短所:熱くなると周りが見えなくなる
 ・感銘を受けたセリフ:「友達になるの、すごく簡単。名前を呼んで?はじめはそれだけでいいの」
 ・座右の銘:「奇跡も、魔法も、あるんだよ」

 [説明担当:女子]
 ・家庭科部
 ・店長(経営管理係)
 ・好きなアニメ:美少女戦士系アニメ
 ・得意なこと:服を作ること
 ・座右の銘:「可愛い子にはコスプレをさせろ」
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