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ゆめのはなし 18

 すごい格好をしながら校内をうろつくことを余儀なくされた私は、本来の予定通り、基本的にやるべきことはないに等しかった。自由に動くことができたので、とりあえず初めに桃井さんの店へ向かうことにした。おそらく彼女は準備段階でクレープ屋を追い出され、路頭に迷っているはずだからだ。
 と、噂をすれば前方に桃井さんの姿が見えた。背中を丸めてとぼとぼと歩いていて、見るからに落ち込んでいる。

「桃井さん、おはよう」
「あ、赤司さ……ん……」

 顔を上げた桃井さんの表情がみるみるうちに明るくなった。

「赤司さん!!!すっごい可愛い!!!」

 弾丸のごとく私にタックルしながら抱きついてきた桃井さんを受け止める。

「ど、どど、どうしたのこれ!?」
「く、クラスの看板娘を任されて」
「そうなんだ!!すごい可愛いね、この衣装!!」
「そ、そうかな」
「そうだよ!すごく似合ってる!!!」
「あ、ありがとう」

 お世辞なのだろうか、彼女のセンスの問題なのだろうか、どちらにせよ、この服が似合っていると言われてもちょっとショックだ。

「あ、そうそう。約束通り、桃井さんに会いに来たよ」
「ご、ごめんなさい、それなんだけど……」

 桃井さんは私の事前知識通り、クラスを追い出されて約束を果たせない、と説明してくれた。今はどこに行こうか迷っていたそうだ。

「それでね、テツくんのところに行こうと思うんだけど、赤司さん、いいかな?」
「うん、いいよ」
「桃井さん」

 その時だった。彼女を呼ぶ声が、背後から聞こえた。

「カレーを食べて行きませんか?」
「テ、テテテテテ、テツくん!!」

 彼、黒子テツヤとの対面は、これが初めてだった。

「あなたは……赤司くんの」
「赤司征美、赤司の妹だよ」
「その、格好は?」

 初対面がこの格好って、本当にこの世界は空気を読んでくれない。



 私たちは黒子の店に案内され、カレーを振舞われた。桃井さんは黒子のいつもと違う雰囲気に始終興奮して、私がいるのも構わずに彼にアタックしまくっている。恋する乙女は可愛いなと、隣で静かに見守っていた。格好がうるさく周りに主張するため、視線だけは集めていたが。
 カレーを食べ終わり、桃井さんは黒子にスタンプラリーに誘われた。彼女は喜んだが、一瞬考えて、私の方をちらりと見た。

「あ、午後からは私、クラスの仕事入ってるから。行っておいでよ」
「すみません、二人のお邪魔をしてしまったようで」

 いやいや、邪魔をしているのはむしろ私の方だ、という言葉は心の中にしまっておいた。特に仕事はなかったが、桃井さんに気を遣わせるのも申し訳ない。こういう時にこそ、嘘はつくものだ。
 彼女はほっと胸をなでおろし、彼の誘いに頷いた。

「そうだ、最後に、黒子」
「はい、なんでしょう?」
「これ」

 私は宣伝用のチラシを彼に渡した。

「"まじかるデビルセーラー戦士、まさみ・マギカ"……?」
「うちのクラスの甘味屋のチラシ」
「え?」
「甘味屋のチラシ、です」

 大事なことなので二度言います。チラシには一切甘味屋要素はないし、委員長の手違いで甘味屋の「か」の字すら見当たらない。なんのためのチラシなのだろうか。おかげで手渡しするときに説明が必要になって二度手間だ。
 まあそんなことは置いておいて。

「時間あったら、また寄ってね」
「考えておきます」
「桃井さんも、是非」
「うん!スタンプラリーの後、急いで行くね!」



「テツくんと約束しちゃった!!!」

 浮き足立つ桃井さんを連れて、私は黒子のカレー屋を後にする。

「桃井さん、次はどこに行く?」
「うん、そうだね。どうしよっか」
「あ!」

 その時桃井さんが何かに気づいたように声を上げた。

「多分、あそこにミドリンがいるよ!」

 占星術研究会の看板を指差し、暗幕で暗くされた教室内に彼女はかけていった。彼女の後を追うと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あ、せっかくだから私だけじゃなくて、赤司さんのもお願い!」
「赤司の妹?」

 教室内に入ったところで、ちょうど私の話になっていた。私は彼らに向かって歩きながら、声をかけた。

「久しぶり、緑間」

 ついでにこの前のお礼も言わなくては。そう思って言葉を続けようとしたが、緑間はそれを遮るように言葉を紡いだ。

「なんなのだよ、その格好は」

 あ、やっぱりそうですよね。



 緑間に占ってもらったら、桃井さんとの相性が悪いらしく、緑間は桃井さんを乱暴に追い出した。桃井さんは先に他の文化部の展示を見てくると声をかけて先に行ってしまった。

「私の運勢は?」
「お前は……確か、射手座だったな」
「うん、征ちゃんと一緒」
「今日のお前の運勢は……6位なのだよ。努力をすれば大きな勝利を手に入れられる、そんな一日なのだよ。ラッキーアイテムはカチューシャなのだよ」

 ラッキーなことに、私はもうすでにラッキーアイテムを所持していた。努力をすれば勝利をつかめる、か。私はこの姿でクラスの宣伝を頑張らなければいけない、ということだろうか。

「ありがとう、緑間」
「仕事だからな」
「占いもだけど」
「うん?」
「この前保健室に運んでくれたでしょ。あの時、お礼言いそびれちゃたから、その分も」
「ああ、あの時か。赤司には礼を言われたぞ」
「まあ、直接も言いたかったの。ありがとう」
「礼はいらん」

 彼は照れ隠しにか、メガネをくいっと上げ直した。優しいやつだなと、思った。

「ところで、赤司の妹」
「うん?」
「その……持っているステッキ、なのだが」

 彼は私が手に持っていた魔法ステッキを指差した。

「この祭りが終わったら、使う予定はあるか?」
「別にないけど……」
「よければ、オレに譲ってくれないか?」

 彼に初めて頼み事をされるきっかけが、まさかこのコスプレになるなんて、誰が思っただろうか。そんなひどい現実から目を逸らしたくなった。

「……こんなもの、欲しけりゃくれてやる……」
「恩に切るのだよ」

 少し嬉しそうにする緑間の隣で、私は何とも言えない気分になっていた。
 開始からまだ一時間も経っていない。帝光祭りはまだまだこれからだった。

「あ、そうだ」
「む?」
「これ」

 緑間にも宣伝用のチラシを渡した。

「"まじかるデビルセーラー戦士、まさみ・マギカ"……?なんだこの訳の分からないネーミングセンスは。そもそも、お前のクラスは何をやっているのだよ」
「甘味屋」
「は?」
「甘味屋、おしるこも置いてあるよ」

 緑間はその一言に目の色を変えた。ほんの少し迷って、言葉を紡いた。

「それは……時間があったら寄るかもしれん」
「よろしく」



 緑間にステッキを譲る約束をした後、私は桃井さんの後を追った。文化部の展示の教室を進んでいくと、とある教室の入口で中を伺っている桃井さんの姿を発見した。

「桃井さん、お待たせ」
「あ、赤司さん!!ちょうど良かった、見て見て」

 桃井さんが教室の中を指さした。どうやら将棋部の企画のようで、教室内ではいくつか対局をしていて、その中に征ちゃんがいた。
 教室内から歓声が上がる。征ちゃんの対戦相手がうなだれている。征ちゃんが勝ったらしい。

「あ、なんか景品もらってるよ」
「部長に勝ったみたいだね」

 さすが征ちゃんだ。勝って当然だというように、涼しい顔をしている。

「声、かけていく?」
「……桃井さん、私、この格好なんだけど」

 これを身内に見られるのは、とても恥ずかしすぎる。それに何を言われるかわからない。どんな顔で見られるんだろう。どんな風に思われるんだろう。軽蔑されるだろうか。あ、それはちょっと嫌だな。うん、やっぱり征ちゃんにはこの姿で会うのはやめよう。

「だから、会うのはやめとくよ。見つかる前に行こう、桃井さん」
「あ、ちょっと、赤司さんっ」

 ステッキを持っていない方の手で桃井さんの手を引いて、私は征ちゃんのいる教室の前から足早に退散した。



「赤司さん、なんだろう、この行列?」
「さあ、なんだろうね」

 この列が黄瀬によるものであるということを私は知っているが、知らないフリを通した。無理に言おうとしても、多分言葉にならないのだろうけども。

「先頭までたどってみよっか」
「うん」
「スミマセーン、端に寄ってくださーい!あ、写真はご遠慮くださいっス」

 列をたどっていくと、先頭付近に青年将校風の服装をした金髪の人がチラチラと見えた。

「あ」
「ん?」
「きーちゃん?!」

 先頭付近に辿り着き、行列の原因である張本人に出くわした。

「なにその格好!?」
「桃っち、オレは桃っちの隣の子にその言葉をそのまま返すっス……ってか、え?赤司っち?」
「の妹です。よろしく」
「一瞬、赤司っちが、女装してるのかと……」

 顔を背けて小声でそう言って、黄瀬はクスクスと笑った。失礼なやつだ。

「桃井さん、これ、兄にチクってもいいかな」
「いいと思うよ」
「メニュー何倍かな」
「嘘、嘘っス!!酷いっスよ二人ともー!!」

 黄瀬は焦って弁解する。やっぱり、征ちゃんには頭が上がらないようだ。

「赤司くんだったらもうちょっとがっちりしてるよね?」

 桃井さんが私の腕周りを触ってそう主張する。私は力こぶを出すポーズをとるが、とったところでないものは浮かび上がってこなかった。

「そうだよ。ちゃんと鍛えてるから、私みたいに貧弱じゃないよ」
「確かに赤司っちの妹、細いっすね」
「本当、羨ましいなー。私の脂肪分けてあげたいくらい……」

 そう言って桃井さんは私のウエストに手を回し、横からぎゅっと抱きついてくる。女性にとっては痩せることがステータスだとは認識している。確かに、赤司征美は標準よりも大分細いため、羨望の対象であるとは思う。だがしかし、抱きつかれるのと同時に、押し当てられる柔らかな感触も、私にとっては羨望の対象であった。それを、赤司征美は持ち合わせていない。

「……私は、桃井さんの方が、羨ましいけど」
「え?」
「ああ」

 桃井さんは首をかしげるが、黄瀬は私の胸を一瞥し納得した。

「黄瀬、なぜ納得したのか、私の目を見て説明して。今すぐに、端的に、さあ」
「いや、えっと、ハ、ハハハ……あ、そうだ!紫っちのも、見たほうがいいっスよ!ちょっと、呼んでくるっスね!」

 私が睨むと、彼は視線を泳がせ、話を逸らして逃げやがった。教室の中へと姿を消した黄瀬だったが、桃井さんに声をかける前に再び出てきた。

「お待たせー」
「早かったね、きーちゃ……」

 桃井さんが思わず言葉を失う。黄瀬の後を追って出てきた紫の塊に、私も思わず息を飲んだ。

「む、むむむむ、ムッくん?!」
「あ、さっちんと、赤ちんの妹だー」

 野生の紫原が姿を現した。レースがたくさん使われたフリフリふわふわな紫の豪華なドレスを身にまとい、縦巻きロールのウィッグをつけている。

「赤ちんの妹、可愛いじゃん」

 紫原が私を褒めてくれた。

「ありがとう、紫原。紫原も可愛いよ」
「ありがとー」
「ふふ」

 桃井さんぶりに可愛いと褒めてもらったので、素直に受け止めることにした。褒め返せば、彼もまた素直に礼を言ってくれたのでなんだか微笑ましい。思わず笑みがこぼれた。



 その後、紫原による「ご飯がないならお菓子を食べればいいじゃあない!!」実演による縁日の人集めっぷりを黄瀬に自慢げに披露され、桃井さんと感心しながら見ていた。その流れで彼らのクラス展示に誘われたのだが、午後からのクイズラリーに間に合わなさそうだったので、断ることにした。

「ごめん、赤司さん。それじゃあ私、テツくんのところ行ってくるね!」
「うん、いってらっしゃい。楽しんできてね」
「うん!!」

 桃井さんは元気よく手を振りながらクイズラリー会場へと向かった。

「それじゃあオレも、シフト終わるからちょっと休憩行ってくるっス。赤司っちの妹はどうするっスか?」
「私は、この格好で、校内をうろつくように言われてるから」
「それ、脱げないんスね……」

 顔を背けて笑う黄瀬が腹立たしくて、思わずステッキをスイングして脇腹に軽くぶち込んだ。

「痛いっ!」
「私だって、好きで着てるわけじゃない……」
「まあ、まあ、いいじゃないスか」
「何がっ」

 反論してかかろうかと思ったところ、黄瀬は私の頭に大きな手を置き、それを制した。人の頭に手を置いて、コイツは何様なんだ。

「だって、可愛いっスよ」

 黄瀬はそう言って、優しく笑った。

「……黄瀬」
「なんスか?」
「もう一回ステッキで殴っていい?」
「なんでっスか?!ここは頬を染めて照れるところっスよ!!」
「ほら、そういうの分かってやってる!そこがダメ」
「り、理不尽っスー!!」
「とっとと着替えて遊んでこい」
「い、言われなくてもそうするっスよ!!」

 そんな捨て台詞を残して、黄瀬はクラスへと帰っていった。
 あ、チラシ渡し忘れた。まあいいか。



 黄瀬を追い払ったあと、宣伝(といっても歩いているだけ)をしていた紫原が帰ってきた。

「あ、そうだー。赤ちんの妹ー」
「うん、何ー?」
「お菓子ちょーだい」
「え?」

 彼の突然の要求に、私は戸惑う。

「ど、どうして」
「んーと」

 紫原は少しの間、言葉を探して、思い至ったように言った。

「そう、契約更新ー」

 契約とは、おそらく前回の"赤ちんに「私にそっくりだ」と言わない"という約束のことだろう。え、更新って、紫原のくせに、賢い。

「ちょーだいー」
「……うん、じゃあ、うちのクラスに来る?」
「何やってるのー?」
「紫原の大好きな甘味を扱ってる、甘味屋だよ」
「やったー、行く行くー」

 そうして私は紫原をクラスへと案内することになった。

「紫原」
「うん?」
「その格好のまま?」
「うんー脱ぐの面倒じゃんー?」
「……そう、だねー」

 クラスへ帰るまでに、私たちは多分普段の黄瀬よりもたくさんの視線を集めたと思う。

「あ、そうだ」
「んー、何ー?」
「これ」

 紫原にも宣伝用のチラシを渡した。

「"まじかるデビルセーラー戦士、まさみ・マギカ"……?なにこれ?」
「甘味屋の宣伝チラシ」
「は?」
「甘味屋の宣伝チラシ」

 大事なことなので二度言いました。

「全くわかんないんだけど……」
「だよね」
「うんー」
「だから説明しながら配ってるの」
「大変だねー、赤ちんの妹」
「そう、大変だよー」

 この大変さをわかってもらえたので、紫原の株は急上昇だ。案外気遣いもできていい子だ。しかし、それを上手いこと利用しているのかもしれない。

「でさー、今回はどんだけおごってくれるー?」
「うっ……おごるのは、一品だけで」
「やったー、ありがとー」

 がめつい割に良心的だった。どうも紫原の行動の意図が読めない。まあ、安く済むならそれでいいか、と思考を放棄した。
 時刻は正午を過ぎ、帝光祭はやっと折り返し地点に到達した。

14.09.17 明那
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