cling
「三田さん」
「なんでしょうか、征美さん」
食事を終えて、食器を回収しに来た三田さんに声をかけた。
「明日は、肉じゃがが食べたいです」
「そうですね、ちょうど旬の新じゃがいもがありますし、そういたしますね」
「ありがとうごさいます」
「いえいえ。それにしても珍しいですね、リクエストなんて」
「いつもおいしい料理だから、特にリクエストする必要なんてなかったんだけど、なんとなく、食べたいなって、思って」
「そうですか」
「それとさ、三田さん、もう一つ」
「はい、なんでしょうか?」
「三田さんは、一人でご飯食べてるんですか?」
「……ええ、基本的には」
「たまに誰かと食べるんですか?」
「ええ……本当に、たまにですが、瀬葉さんとご一緒します」
なんとも言いづらそうに答えてくれた。一応、いつもボッチ飯をしている私への気遣いだろうか。別に構わないのに。
「私って、いつからこんな風に自室で食べてるんだっけ……覚えてます、三田さん?」
「基本作法が身につくまでは、私がご一緒していましたよ。小学生になるころには、もうお一人で出来るようになられましたけど」
「そうそう、そういえばそうだった。征ちゃ……征十郎は、どうでしたっけ?」
「征十郎さんは、旦那様に作法を教わり、今も食事を共にしていますよ」
「二人だけで?」
「ええ、親子水入ら、ずで……」
そこで三田さんがはっとして言葉を止めた。
「申し訳ございません、征美さん!!」
「えっと、あ、気にしないでください、三田さん」
「でも……!」
あわてて頭を下げる三田さんに、逆に私は申し訳なさを感じる。この家の事情を、父親が私を遠ざける理由を、彼女から聞き出すことを目的としていた私としては、むしろ感謝したいくらいなのに。
「この年だし、もうちゃんと自分の置かれた状況くらいわかってますよ」
痛くも痒くもない私は、彼女の目には強がっているように見えたのだろうか。三田さんはさらに悲痛な顔をする。そして、彼女はつぶやいた。
「これは、私の独り言ですが」
そう言って、彼女はうつむき加減に言葉をこぼした。
「征十郎さんと征美さんが、仲良くされているのを、旦那さんは快く思っておりません。だから、幼少の頃から、なるべく引き離して育ててまいりました。征美さんは体が弱かったこともあって、征十郎さんと遊ぶことは少なかったので、旦那様もあまり危惧してらっしゃいませんでしたが……しかし、最近、征美さんが池に落ちたのを、征十郎さんがお助けになられたのを機に、お二方の仲は良くなっていったように思えます」
そりゃそうだ。私と征十郎が元からどんな関係だったのか、私が別の世界から来たということを認識していた私たちには知る由もないことだったのだから。それは、不自然なほどにいきなり仲が良くなったように見えただろう。私と征ちゃんの中にあった兄妹のイメージは、この家に適応したものではなかったのだ。それを予測しろなんて方が無理な話だ。
「知っていますか、男女の双子の俗説を」
ちらりと耳にしたことはある。男女の双子は、前世で心中をした男女の生まれ変わり、だとか。そうだとすれば、さっき父親に言われた「たぶらかすな」「女狐」と言われたことに説明がつく。まあ、詳しくはあとで調べてみるとしようか。
「それが理由かどうかはわかりませんが、旦那様は跡継ぎである征十郎さんに入れ込んでいらっしゃいます。不安要素はすべて取り除きたいのでしょうか……私には、真意はわかりません。なのでこれは、すべて憶測です。独り言です」
「分かってます」
「ともかく、旦那さんの前では、お気を付けください」
本日すでに、やらかしてしまってはいるのだけど。一日聞くのが遅かったか。
しかし、今日の出来事がなければ、私は三田さんに聞こうとすら思わなかったし、やはりこの後悔はあの出来事なしに立つことはなかったのだろう。そういう運命だったのだ。
三田さんの長い独り言が終わり、彼女はお盆を持って帰って行った。その後、私は風呂に入り、寝間着に着替え、再び課題をすることにした。なんともない、今までと変わることのない、赤司征美としての一日を無事に終えるだけだった。
そう、何も変わらない。私は与えられたこの赤司征美としての日常を、ただただ過ごすことに専念すべきなのだろう。きっと。
諦めよう、そして、赤司征美の運命を受け入れる。
ゆめのはなし 15
「征美っ」
突然襖が開き、寝間着姿の征十郎が飛び込んできた。征十郎にしては珍しく、心なしか語尾が踊っている。
「僕とも楽しいことをしよう」
その手には征ちゃんの制服が握られていた。どうやら制服交換のことを言っているらしい。
「望むところよ」
諦めて、運命を受け入れて、そしてこの世界が許す限り、
「存分に楽しもう、征十郎」
「ああ」
私の出来る限りを尽くそうじゃないか。 適当に、かかってこい運命。
14.01.03 明那