cling
「征(まさ)」
教室で本を読んでいると、征(せい)ちゃんがやってきた。
「練習が終わった。着替えてくるから、校門で待っててもらってもいいかな?」
ジャージ姿の征ちゃんは、汗を拭いながらそう言った。
「うん、わかった」
「じゃあ、よろしく」
私が頷くと、征ちゃんはそう言い残してまた教室を出て行った。
私は読んでいた本を鞄にしまい、帰り支度を済ませ、征ちゃんのあとを追うように教室を出た。
彼との約束通り、校門で待つこと数分。制服に着替えた征ちゃんがやってきた。
本来ならば、征ちゃん一人のはずだった。いつもならそのはずだった。そして二人で裏門まで向かい、瀬葉さんの車で帰る予定だった。しかし、征ちゃんの隣には見知った人物がいた。鼓動が早くなる。なぜ、なぜあなたが一緒なんですか。
「よう、赤司妹」
「……虹村さん」
なんの運命ですか、神様。
ゆめのはなし 12
迎えに来てくれた瀬葉さんにはお断りして、私と征ちゃんは虹村さんと歩いて一緒に帰ることになった。どうして、どうしてこうなった。
私は征ちゃんの腕を引き、耳を打つ。
「征ちゃん、これは一体どういう状況?」
虹村さんに聞こえないように、征ちゃんとなるべく距離を詰めて問いただせば、征ちゃんは真顔で答えた。
「オレが、聞きたい」
真顔でそう言ってのけた征ちゃんを、よくよく見れば額に汗が伝っている。想定外の事態に多少なりとも、いや、かなり焦っているようだった。
「なーにこそこそやってんだお前ら」
「わっ」
「むっ」
征ちゃんと共犯者会議をしていると、噂の張本人である虹村さんが登場した。背後から忍び寄り、私と征ちゃんの頭を片手でくしゃりと撫でた。驚きに声を上げるも、虹村さんは悪びれることなくくしゃくしゃと髪を乱す。
「や、やめてください、虹村さん」
抗議の声を上げて、私は乱された髪を整え直す。虹村さんは口をとんがらせて言った。
「お前らがこそこそやってるから悪ぃんだよ。オレも仲間に入れろ」
「意外とさびしがり屋なんですね、虹村さん」
「うっせぇ、人並みだ」
「ま、征、キャプテンに向かってお前」
「いいんだよ、赤司。お前は気にしすぎだ。もうちょい肩の力抜け!」
虹村さんは征ちゃんの首に腕を回し、軽い絞め技をかける。
「きゃ、キャプテン……く、苦しいです……!!」
征ちゃんは虹村さんの腕を控えめに叩いて抗議する。しかし、虹村さんは相変わらず手加減が下手なようだ。
「わりぃわりぃ」
しばらくして笑いながら拘束を解いた虹村さんは、やっぱり悪びれた様子もなくそう言ってのけるのだ。
咳払いをして、解放された征ちゃんは深く息を吸い込んでいた。肩で息をしながら征ちゃんは横暴な先輩を上目遣い気味に見上げる。その目には涙がうっすらと浮かんでいる。
「本当に、死ぬかと思ったじゃないですか……」
ほんの少し不満の含んだ声だった。それは、虹村さんに見せた初めての姿だったのだろう。虹村さんは目を見開いたまま、すべての動作を停止させた。効果は抜群だったらしい。少し顔が赤くなっているのは、夕日のせいということにしておこう。
「キャプテン……?」
反応のない虹村さんを不思議に思い、征ちゃんは首をかしげながら声をかけた。首をかしげる動作がとてもあざといということは本人はきっと自覚していないのだろう。虹村さんを照らす夕日がだんだん濃さを増す。
さすがに虹村さんがかわいそうなので、フォローすることにした。
「虹村さん。征ちゃんだって、ちゃんと嫌なことは嫌って、先輩に言えますよ」
「お?!お、おう。そう、だな」
私の声で我に返った虹村さんだが、やはり動揺は隠しきれないようだった。私もああやって虹村さんに迫ればチャンスはあるかもしれない。そんな収穫だけを残した出来事だった。
13.12.18 明那