cling

「あ、赤ちんの妹だー」
 語尾をだらしなく伸ばし、背後というよりは頭上より降ってきた声に、振り返る。
 紫の巨人と、この世界で初めて会ったのは、とある日の昼休み、購買で昼食を買い終えた時だった。

ゆめのはなし 06

「こんにちは、紫原」
 友人の妹ということで多少の面識はあるのだろう。当たり障りのない挨拶を返す。紫原はゆっくりと視線を私の顔から下げて、つま先まで行ったかと思うともう一度顔に戻す。
「本当、赤ちんが髪の毛を伸ばしてスカート履いたみたいだよね」
 その口からは衝撃の一言。確かに、双子ではあるのだけれども。
「紫原……それは、お願いだから赤ちんの前では言わないでね」
「えー、なんでー」
 あくまでも悪気はないらしい。だがそれが余計にまずいような気がしてならない。物分りの良い征ちゃんのことだ、対して気にしないかもしれないが、難しい年頃の男の子が双子の妹とそっくりなんて言われてみたら、軟弱だとか女の子みたいだとか言われたように感じてしまうかもしれない。ただでさえ顔つきが綺麗で背格好も女の子みたいなのに。
 そんな思案を一瞬で巡らせた私は彼へ対抗する必殺コマンドを迷いなく使ってしまった。
「お菓子一つ、買ってあげるから」
「なら言わないー」
 ひとつ返事で彼は私と約束をした。単純で扱い易い子だ。ここは征ちゃんのためにワンコインくらい犠牲にしてあげよう。
「どれがいい?」
「うーんとねー……じゃあ、これ」
 品定めに入りわずか数秒で選んだのは、彼が好んでいつも食べているまいう棒だった。思っていたよりもお手軽なワンコインで済んでしまった。なんと良心的なやつだろう、と思ったのだが、どうやら新しい味を試したかったらしい。
 購入して彼に渡してやると彼はすぐに袋を開けた。
「いただきまーす」
 そう言って口に含み、咀嚼するたびにまいう棒は紫原の口の中へと吸い込まれていく。そしてそれは予想外の速さで彼の口の中へ消えていった。数度の咀嚼を経て、彼は飲み込んだ。
「うーん、まあまあかな。ごちそうさまー」
 あっという間に彼は食べ終えてしまった。新作の味はまずまずだったらしいが、物足りないのだろうか、顔にまだ満足していないと書いてあるようだった。
「……」
「……」
 お菓子の切れ目が運の尽き、というか、会話の尽きだった。私は積極的に彼と喋る理由はないし、彼にもその理由はなかったらしい。
「じゃあまたね、赤ちんの妹ー」
「うんー、ばいばーい」
 間延びする彼の口調の真似をして、彼に手を振った。
 まさか、このことをきっかけに彼に「お菓子をくれる人」と認識されてしまったことなど露知らず、私はのんきに昼食をどこで食べようか、なんて考えていた。
 会うたびにお菓子をせがまれるようになって後悔するのは、もう少し先の話。

13.12.08 明那
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