cling

ゆめのはなし 03

「お姉さん、ゆめのせかいは、どう?」
 私は少年と二人、真っ白な世界に佇んでいた。私と向き合っている少年は、無邪気に笑って私に問う。どうと言われても、その質問の意図が分からない私は答えられない。少年はそんな私の様子を見て、更に楽しそうに笑う。手を広げて、ステップを踏んでくるくると回る。少年の笑い声だけが、薄暗い世界に響いた。
「赤司征美!」
 突然、少年が私に向かってその名前をぶつけた。
「赤司征美、いってらっしゃい!」
 その言葉を合図に、あの時の黒い影が再び大口を開けて私の頭上に姿を現した。白い空間に現れた異質の黒。その姿を認識するとすぐに、それは私を飲み込んだ。黒が私の視界を支配する。暗く冷たい世界が、私を包み込んだ。

「―――――っ!」
 目を開けると、見慣れぬ天井が視界いっぱいに広がっていた。
「おはよう」
「……おは、よう」
 頭上から声が降ってきた。声のする方へ視線をやると、赤司が枕元に座っていた。
「三田さんに頼んで、倒れた君を君の部屋まで運んでもらったんだ。といっても、オレの部屋のすぐ隣だったんだけど」
 体を起こす。いつの間にか寝巻きになっていた。三田さんが着替えさせてくれたのだろう。
 あたりを見渡すと、先ほどの赤司の部屋とは雰囲気が違った。ぬいぐるみや服や小物が置いてあり、ほんの少し女の子らしい部屋だった。ここが、私の部屋らしい。
 外は暗くなっていた。赤司によると、私は一日中ずっと寝込んでいたようだ。私が池から出てきたのは朝、学校へ行く前だった。倒れた私の処置をしてから、赤司は学校へ向かったと、説明してくれた。
「体を起こしても大丈夫?」
「うん、なんともなさそう」
「そうか。これも三田さんに聞いたんだが、赤司征美は病弱で学校を休みがちだそうだ」
 なんともまあ、ご都合主義な設定だけど、と赤司はぼやきながら、言葉を続ける。
「中学は同じ帝光に進んでいる。だけど、クラスは別、部活動もオレはバスケ部に所属しているが、君は帰宅部。中学に入ってからは接点は少なくなっていったようだ。新しく仕入れた情報は、こんなものかな。あ、これは君の学生証」
「ありがとう」
 赤司から学生証を受け取る。学年は二年生、クラスは二組、と、得た情報を頭に入れていく。現状を完全に把握することは難しいが、ある程度は知っておかなければ身動きがとれない。赤司もそれを分かって情報を集めてくれているのだろう。漫画で見たとおり、頭の回転が早い人物だった。

「ひとつ、聞いてもいいかな?」
赤司がほんの少しそわそわとしていた。
「君の世界では、オレが漫画の登場人物だと言っていたよね」
「うん、そうだけど」
「だったら、これから先起こること、つまり、オレの未来も知っているのか?」
「うん」
 単行本は22巻まで読んでいる。今、二年生ということは、これから彼らが「キセキの世代」と呼ばれることを、赤司はまだ知らない。
「あなたたちは、これから(キセキの世代)って呼ばれて」
 言葉を紡いだ、つもりだった。間違いなく発音したはずなのに、そのワードのみが声とならなかった。
「なんと、呼ばれるんだ?」
「だから、(キセキの世代)って」
 何度試しても同じだった。彼らの未来に関するワードは全て、声にならなかった。また、赤司に質問をしてもらうことで、私が発声せずとも表情や反応からも読み取れるのではないかと考えたのだが、やはり未来に関わることについては私の表情が固まってしまったり、感情が外部に漏れてしまわないようになっていた。
「無理、みたい……」
「そんな気はしていたけどね」
 少しだけ残念だ、と赤司は微笑む。しかし、漫画の舞台である高校編でオヤコロやズガタカ発言をすること、オッドアイになっていて雰囲気も変わることなど、きっと知ってしまったら死にたくなるに違いない。私がヘマをしても彼に伝わらないようになっていて、むしろ助かった。

 そんなことよりも何よりも、今楽しく過ごしているバスケ部が「キセキの開花」で崩壊に向かうことを、今の彼に伝えてしまうことの方がマズイだろう。
「ずるをしても、面白くないからね。今までどおり、自分の力量で先のことを考えるとするよ」
 赤司は目を少し細め、優しく笑った。そんな彼を見て私の心は少し軋む。これから彼が辿る未来を思って。
 私は表情を歪めそうになったが、ご都合主義の私の体は、ピクリとも表情を動かさなかった。

「まあ、思いがけず出来た兄妹だが、これからよろしく頼むよ、征美」
 彼は、ようやくこの世界での私の名前を、私に向けた。
「こちらこそ、よろしく、征十郎」
 そして私は赤司征美としての一歩を踏み出してしまった。

13.12.06 明那
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