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ゆめのはなし 01

 幼少の頃から漫画の世界に浸かるのが好きだった。特に、友情、努力、勝利の三拍子が揃った週刊少年誌は私のバイブルで、今どっぷりとハマっているのは黒子のバスケだった。(イケメン)キャラクターが織り成す物語は少々現実味がないと言われることもあるが、一生懸命な彼らが、私は好きだった。努力が実ったり、何かを成し遂げられるというハッピーエンドが、私を幸せな気分にしてくれた。
 そうして今日も、晩御飯を食べ終えていつものように部屋でくつろいでいた。
 漫画を読んでいると、突然扉を叩く音がした。誰だろう、こんな時間に。そんな疑念を抱きながら、しかし私は深く考えずに扉を開けてしまった。

 それがこの夢物語のすべての始まりだった。

「こんばんは、お姉さん」
 扉を開けると、そこには少年が立っていた。背は私の胸の高さくらいで、上目遣いで私を見上げていた。髪は短く、カッターシャツにリボンタイ、半ズボンにハイソックスを履いた、いいところのお坊ちゃんのようだった。そんな彼が、こんな時間にどうしてこんなところに。と、思う間もなく彼はその容姿に相応しくない言葉を言い放った。
「お前は、何がしたいんだ?」
 きれいな顔を歪め、皮肉な笑みを浮かべながら、乱暴な言葉は紡がれた。
「何が、したいって... 」
「そのままの意味だよ、お姉さん」
 彼はさらに口角を上げて不気味に微笑んだ。
「お姉さんは、何のために生きているの?」
 何の、ため。
「今、何のために、何をしているの?」
 少年の声は楽しそうに弾む。それと反比例して、少年の笑顔は歪みに歪む。そんな少年の気味の悪さに、私は口をつぐんだ。少年の笑みに怯んでいなくても、私の中に少年の問いに対する答えはなかったのだけど。
「残念なお姉さん、ようこそ、ゆめのせかいへ」
  顔を歪めた少年の影が揺れた。気づいたときにはそれが大きく膨れ上がり、大きく不気味な口を開けた。それは立ちすくむ私に覆いかぶさり、目の前を真っ暗にする。まるで水の中に投げ込まれたように全身に冷たさがまとわりつき、息ができなくなる。苦しい。冷たい。恐怖が頭を支配する。
 そんな中、不気味な少年の声がした。
「こっちだよ!」
 声の方向に、一筋の光が見えていた。一刻も早く、暗闇と苦しさの恐怖から逃れたくて、手を伸ばした。途端、誰かの手が私の腕を引き上げた。一転して、眩しい光と大気に包まれる。口内に入った水を吐き出し、咳き込んだ。

「……君、は?」
 頭上から聞こえた声は、少年のものではなく、声変わりを終えた青年の声だった。顔を上げ、眩しさに耐えながら、恐る恐る目を開ける。私の腕を掴んでいたのは、
「赤司、征十郎……?」
 先程まで読んでいた漫画の登場人物だった。

13.12.06 明那
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