不器用な僕らの進展 2








「手伝いありがとう。後は私がやっておくから、貴方は部室に居てちょうだい」

私の五倍以上のドリンクとタオルを配り(といってもほぼ全員が切原みたく自分で取りに来ていたけど)、
回収し終わったにそう言われて私は部室でのんびりしている。
なんだかに申し訳なく思うのと同時に、自分の使えなさに少し腹が立った。
無理矢理やらされてるわけだけど、それでももう少し役に立てればよかったのに。
不器用な私に出来る事は少ない。とても不甲斐ないです。


「はあ……」

溜息をついて、部室にあった机に突っ伏した。
やることがないと眠くなる。
かといって自主的に何かやるとか、そんな気を回すことも私には出来なかった。

結局、ボーっとしていた私はいつの間にか眠ってしまっていた。











目を覚ますと、半裸の真田が居ました。
夢だと思った。夢であればよかったのに、頬をつねったら痛かった。残念。

一瞬、悲鳴でも上げようかなと思ったけど、まあ、いいか、となった。
自分の面倒くさがり具合って半端ない、なんて思ったり。
まあ、自分のキャラじゃないというのが理由の大半でもあるが。


「目が覚めたか」
「あー……うん」

いろんな意味で、眠気はすっ飛んでいきました。ものすごい勢いで。
ていうか真田、半裸のまま女子と会話するってどうよ。
いや、彼女だったらいいのかな?いやいや、違うと思うんですけど。


それにしても筋肉すごい。うん、すごい締まってる。どんだけ堅いんだろう。
腕ももちろんだけど腹筋とか特にすごい。

食べたらきっと淡白な味がするに違いない。
いやいや、真田を食べるとかそんな恐ろしいこと想像すらごめんですが。

なんて考えて真田を凝視してしまった所為か、真田が私を訝しげな目で見てきた。
もしかして、それでちょっと、無意識のうちに焦ってしまったのだろうか。


「すごい素敵な腹筋だよね!触ってみたくなるほどの!」

ちょっとどころじゃなかった。すごく、焦ってしまった。
うっかり本音も織り交ぜてしまった奇怪なコメントのできあがり。
自分の馬鹿!内心で自分を叱るも、もう遅い。

動作が一時停止した真田。
しばらくして動いたかと思ったら突然、ロッカーに頭をぶつけた。
おそらく意図的に。どうにか思考を動かそうとでもしたのだろうか。
部室内に痛そうな音が響いた。



「……えっと、あの……突然ごめん!セクハラ発言してしまって……!」

とりあえず、椅子を跳ね除けて立ち上がり、未だにどう動いて良いのか戸惑っている真田に頭を下げて謝った。
ちなみに彼は戸惑っている所為かどうかはしらないけれど未だに半裸のまま。
それにつっ込みそびれていた私は、やっぱり焦っていたのだろう。


「す……すまない、こちらこそ……」

何がすまないのかさっぱり分からない。
ああああでも、なんかこっちもものすごく申し訳なくなってきた。

「うん、ごめん!えっと……さっきの発言はなし!いや、でも、腹筋が素敵なのは……嘘じゃなくて!」

だめだ、思いのほか焦ってる。上手く言葉が出てこない。


「べ、別に……触るくらいは構わないが」
「え……?い、いいの?」
「あ、ああ」
「えっと……それじゃあ、」

私がそんな行動に踏み切ってしまったのは、きっとあの変な空気の所為だ。
それに加えて、焦った私はひたすらどうしようもないどじを引き起こす。


過去の自分の行動に悔いた。

なぜ、椅子を跳ね除けたりなんかしたのか。
なぜ、ちょっと、本当にちょっとだけ、腹筋が触れる!嬉しい!
だなんて思っただけで彼しか見えなくなっていたのか。

しかし、時既に遅し。


「うわっ!」


それはまるで謀られたかのように、
私は先程跳ね除けた椅子に足を思いっきり引っ掛けてバランスを崩し、その勢いでつっ込んでしまった。





























残念なことに、ロッカーに。



部室内に再び響く、痛そうな音。
なんか釈然としない。



「つぅっ……」

その場にしゃがみこみ、脳天に走った痛みに歯を食いしばる。
さっきの真田も多分、この痛みを味わったのだろうけど、半端ない、これ。


「だ、大丈夫か?!?!」
「う……うん、なんと……か……っ」

振り返って、思わず声が裏返る。


「怪我はしてないか?こぶは出来てないか?」
「わっ」

そう言って真田は私の頭を撫でて、触って、怪我がないか確認しだす。
その勢いに思わずバランスを崩し、ロッカーに背中を預ける体勢になってしまった。
頭を真田に掴まれてるから視界が固定されて、
見事に目の前に素敵な腹筋が見えてると言うか腹筋しか見えない腹筋腹筋。
ああもうだめだ私の思考。顔が熱くなるのが分かった。


「だだだ、大丈夫だよ私!真田!」
「すまない……突然のことで、受け止めることが出来なかった……」
「いやいやいや、それは真田の所為じゃないから!私がどじっただけだから!ね!」

というか私の頭から手を退けたのはいいけどロッカーに手をついちゃったらさ、
ほら、なんかまるで少女漫画の一ページみたく、私が迫られてるみたいになっちゃうんだけど。腹筋。
シチュエーション的に嬉しくないわけがないから別に嫌なわけじゃない。腹筋。
だから言わないって言うのもあるんだけど、でも、ああ、やっぱり恥ずかしい。
腹筋しか目に入れてないから思考の中に腹筋が溢れ返ってる自分空気読めばいい。
だめだ、落ち着けない。ちくしょう、腹筋め、と腹筋に意味もなく八つ当たり。


「だが……っ!」

何の否定だよ馬鹿!と心の中で叫んで、顔を上げて真田を睨んだ。
ばっちり、と、そこで彼と目が合ってしまった。

きっと私はすごく真っ赤な顔をして、情けない顔をしてるに違いない。
それを思うとすごく恥ずかしい。
顔を、背けようと思った。










"今日は逃げちゃだめよ。"


それは呪いの言葉。もとい、の呪縛。違う、助言。
焦っていても嫌な事だけは私の頭に浮かんでくれるらしい。ちくしょう。


その言葉が再生された瞬間、私は顔を背けられなくなった。










彼の真っ直ぐな瞳が、そこにあって、
あろうことか、それが情けない私を映している。


それは好きな人に望むこと。

確かに、望んだこと。
一目ぼれしたあの時からずっと、思っていたこと。


だけど、そんな、おこがましいよ。
私なんかが、その真っ直ぐな瞳に映ってもいいのだろうか。



だってそんな、そんなの、嬉しすぎて、死んでしまいそうだ。







……」

そんな私にさらに追い討ちをかけるかのように、彼が私の名を呼ぶ。


「さ、……真田?何?」
「その……」

何か言いたげな真田は、数ヶ月前、「付き合おう」と言ってくれた時と同じ、恥ずかしそうな表情をしていた。
目を泳がせて、彼にとって口にし難い恥ずかしい言葉を言おうと頑張っている。


「あの……き、……せっ、……」

みるみる顔を赤く染めていく彼が、意外すぎて、可愛くて、私は悶死しそうだった。
多分彼はキスと言うか接吻と言うかで迷ってるんだろうなと、分かってしまう私はなんだかんだで彼の彼女であるのだ。


「い……いいよ!」

ありったけの勇気を込めて吐き出した言葉に真田は目を丸くして、















がちゃり。





「……」
「……」
「……」
「……」
「す、すすす、すまんかったのぅ!」




ばたん。






それはまるで、お約束のごとく。
扉が開き、目が合ったのは仁王と柳生で。

仁王は意外なことに顔を赤くして、
柳生は紳士と言われてるだけあって(?)顔色一つ変えなくって、

動揺しながらも仁王が空気を読んで扉を再び閉めて、行った。



「……」
「……」

私と真田は顔を合わせる。
血の気が引いていくのが、互いに分かった。





「仁王、柳生、誤解だー!!」

シャツを着ないまま飛び出そうとする真田。
そこでやっと私の思考が再び動き出した。


「馬鹿真田!!そのまま行ったら余計に誤解されるわ馬鹿ー!!」

その腹筋(真田じゃない!腹筋ね!腹筋!)に抱きついて、その大馬鹿を慌てて引き止める。
そして硬直した彼に落ちていた上着を押し付けて、私は先に部室を飛び出した。


とりあえず人気の少ない部室裏で悶死しようと思って向かった










が、しかし、そこには先客が居た。





「あ、あら、、どうしたのそんなに真っ赤になって?」
「ぶ、部室裏に……何か、忘れ物でも?」

と幸村。
なぜか二人は必死に笑いを堪えているようだ。
これは……私にとって、何かよくないことがあるときの笑い。

嫌な予感がした。
すごく嫌な予感がした。





気づかない方が良かったのかもしれない。
いや、多分、それでもいつかはと幸村にばらされていたかだろうから、結果的には一緒だ。
それでも、気づきたくなかった。




目に付いた、ほんの少し開いている、部室の窓。
その隣に立ち、私を見て笑いを堪える二人。

分かってしまった。途端、私は死にたくなった。


「見て……た……?」
「「うん!!」」


一応確認してみたら案の定、元気いっぱい二人は答えてくれた。
それに加えて、お腹を抱えて爆笑し始めた。

本当に、穴があったら入りたい、どころじゃ済まなくて、いっその事埋めて欲しい。












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10.03.18

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