不器用な僕らの進展 1
あのとんでもない告白の日から数か月経った夏の日。そのお昼休み。
私はとんでもないテニス部の部長、兼私の友達の彼氏の幸村に呼び出された。
しかもなぜか、彼の所属するとんでもないテニス部の部室に。
「部室に部外者を連れ込んでも大丈夫だったっけ、この部?」
「気にしない気にしない。部長の俺がそう言ってるんだから大丈夫なんだよ」
なんという俺様思考。
「何か言ったかい?」
だからみたいに心を読むのをやめてくれませんか、幸村。
「あら、私の事呼んだ?」
びっくりして口から心臓が飛び出そうでした。
「驚いてたんだ、その顔で」
うっさいほっとけ、私はどうせ表情豊かな人間じゃありませんよ。
噂をすればなんとやら。
いやいや、もとより声には出していないのですが、まあそれはツッコミだしたらキリがないので以下省略。
ていうか、なんでまでがこの部室に。
「あら、私一応この部のマネージャーなんだけど?」
「初耳です。ていうか私の心の声と会話しないでよ」
さすがに心の声との会話は慣れると怖いので、
というか慣れても需要ないし、私は普通の会話に切り替えた。
「で、用件はなんなの?」
「弦一郎とはどうなのかな、って思って。どこまで行ったの?」
「東京湾まで……って嘘ですすみませんああごめんなさいごめんなさいだから、幸村、その笑顔は反則反則」
ボケたら二人の物凄い怖い笑顔で責められました。
うん、まだ物理的に首絞めるとか殴られたりした方がマシかもしれない、これは。
「じゃあそれも付け加えようか?」
「幸村鬼畜過ぎるよ。あと、何度も言うけど、心読むのも反則だって」
さすがの彼氏。
「お褒めに預かり光栄だわ」
友人は(精神的に)殺されかけている私を見捨てたようです。
「まあとりあえず、話を元に戻しましょう精市。話を逸らしたいの思うツボだわ」
「それもそうだね。さてと、次はちゃんと答えないと命はないと思っていいよ?」
もう逃げ道はなかった。
「…………ほぼ毎日一緒に帰ってる」
「キスは?」
「してない」
「どこかに遊びに行った事は?」
「そんな暇、テニス部にないと思うけど」
「真田のこと、何て呼んでるの?」
「普通に真田だけど」
「……もしかして、いや、そんなわけないと思うけど、まだ手も繋いでないとか、そんなオチはないわよね?」
「……」
「これは……」
「うん、思っていたよりも酷いね」
「……」
そんなこと言ったって仕方がないじゃないか。
だなんて、誰かの名台詞(だったような気がする)で拗ねてみる。
いつもいつものらりくらりと冗談で誤魔化す人生を送ってきた私に、
彼との親睦を深めようだなんて、そんな素直なことが出来るわけない。
手を繋ぐチャンスだって、なかったわけじゃない。
彼がそれを望んでいるという挙動も、見なかったわけじゃない。
人の動きにそれなりに敏感な私は、だけど、鈍感な振りをした。
「逃げてるのね?いつものごとく」
ぐさり、図星。
途端、の笑顔が迫る。そして彼女は耳元で囁く。
「じゃあ、今日は逃げちゃだめよ。もしも逃げたら……」
にっこりと、綺麗だけど、恐ろしい笑顔で彼女は私に呪いをかける。
「どうなるかわかってるわよね?」
こうして、私はいつも、彼女の命令には背けなくなってしまう。
+++++
しかし、逃げるなというのは、どういうことなのだろうか?
昼休みの彼らとの会話を思い出して、ふと、疑問が浮かぶ。
「まずは見て見ないフリはしないことね」
「だから心を以下省略」
「あら、略したら何を言ってるのかわからないわ」
この腹ぐ「何か言った?」
まだ言い切っていないというか言葉にしてませんさん。
「話を続けましょう」
逸らしたのはじゃ「細かい、しかもどうでも良いことを掘り下げるのは貴方でしょう?続けるわよ」
今日も素敵な彼女の笑顔に私は従うしかありません。強制的な意味で。
「要は素直になればいいだけの話」
「素直……」
「そう、いつも私に接するときのように」
それは意図的にしているのではなく、強制力があるからこそなのですが。
「じゃあ、真田を私だと思って接してみたら?」
「無理だよ。あのオーラを真田は死んでも出せない」
真田はや幸村と違って純情で純粋だか「あら失礼しちゃう。まるで私達がそうじゃないみたいじゃない」
事実だから仕方な「吊るすわよ?」
もう何も考えません。
「素直で宜しい。そういう態度を常に彼の前でしていれば問題ないのよ」
「……難しい」
というか、やっぱり無理だよ。
「やってみないと分からないでしょ?まあ、真田にも問題はあるから、貴方は出来る限りやってみなさい」
「まあ、出来る限りなら……うん、やってみる」
「良い子」
そう言っては私の頭を撫でた。
こういう仕草とかは、本当に優しくて安心するんだけどな。
「その語尾の"だけどな。"ってどういう意味かしら?」
「もういいよ」
どうもありがとうございましたー、と漫才みたく、負われればいいのにこの会話。
無理な話ですが。
「せんぱーい」
そう言って私をの魔の手から救ってくれたのは二年の切原だった。
尻尾があったらきっとブンブン振ってるだろう程の満面の笑みでこちらにかけてきた。
「切原くん、どうしたの?」
「休憩なんで、ドリンクもらいに来たんっスよ」
「あら、もうそんな時間?ちょっと待ってね……はい」
は足元にあった籠の中から彼の名前の書いてあるドリンクを探し出し、彼に渡した。
「ありがとうございます」
再び満面の笑み切原。
この子はの見た目にだまされている部員その一である。
ちなみにこの学校の生徒ほとんどがだまされてます。
だまされてないのは……私と幸村くらいじゃないだろうか。
あ、でも頭の良い柳とか、勘の良い仁王とかは分かってそう。
「」
背筋に何かが走ったが、彼女はそれ以上何も言わなかった。
いつもよりオーラが少ないのは切原が居てくれたおかげである。
一応感謝。
「、何してるの。貴方もさっさとドリンクを渡してきなさい」
「なんで私が……」
「なんでコートにわざわざジャージ来ていると思ってるの?」
それはに無理矢理着替えさせられたから「臨時マネージャーって、言ったわよ?」
「……ああ、そういえば」
そうだった。昼休みの時にそんなことを言われたっけ。
理由が"部室に入る正当な理由になるから"だったような気がするけど。
大丈夫かこの部活。
いや、これを認める(というか考案した)部長とマネージャーがあんなんだからもうどうしようもな「……?」
「行って来ます」
「ドリンクも持たずにどこ行くのよお馬鹿さん」
「ぐえっ」
逃げようとした私はジャージを掴まれ、ちょっと首が絞まった。
は咳き込む私を無視して言葉を続ける。容赦ない。
「はい、これとこれとこれ、よろしくね。ついでにタオルも渡してきて」
「了解しましたー」
そうして私はなんとかの呪縛から解放された。一時的なものだけど。
というかこれ、誰に渡せばいいんだろう。
……ああ、そうだ、確か名前が各自書いてあるんだっけ。
顔の知らない奴の入ってたらどうしようかな、鬼畜だから入れてそうだな、
と思いながら三つのドリンクの名前を確認した。
柳生、仁王、真田。
……うん、前者二人は同じクラスの奴だから分かるし、最後の一人もよく知ってる。
よかった、が優しかった。
渡せなかったらどうしようかと思ったけど、うん、疑ってごめん。
「柳生、仁王」
「お、真田の嫁じゃ」
誰がだ。まだ手すら繋いでないというのに。
「仁王君!」
「プリッ」
「すみません、不快な思いをさせてしまって」
とりあえずツッコミどころ満載。
何その口癖みたいな。「プリッ」って何。
しかも何、何で仁王が失礼なことしたのに柳生が謝るの。
柳生悪くないよ。そんなに申し訳無さそうにされても困るよ。
何だこいつら。こんなに面白い奴らだったっけ?
「いやまあ、別に構わないよ……とりあえず、はい、ドリンクとタオル」
なんて、内心思ったりしながら、淡々と仕事を終わらせる。
たとえ同じクラスであろうとも、接点がほとんどない奴にこんなこと言うのは失礼だ。
「サンキュ」
「ありがとうございます」
「いえいえ仕事ですから」
よし、後はこれを真田に渡すだけ。
辺りを見渡して、黒い帽子がトレードマークの彼を探す。
……あ、いた。隣のコートのベンチに座っている。
少し早足で、彼の元に向かった。
「真田ー」
語尾をだらしなく延ばして、いつもの調子で彼の名を呼んだ。
「だらしない声だな、たるんどるぞ」
そしていつもの調子で声のだらしなさを指摘してくれた。
相変わらず威厳のある渋い声だ。いい。
「はい、これ」
「ああ、わざわざすまないな。取りに行けば良いものなのだが……」
「?」
語尾を濁す真田。いつもと少し違う様子に私は首を傾げた。
……部活中の彼はいつもこんな感じなのかもしれない。
ほんの少し考えた結果、そんな結論に至った。
そういえば新鮮だ。
懸命に動く彼。滴る汗。
頑張ってる姿をこんなに間近で見るのは、久々だ。
コートの脇で大好きな人を見るファンの子の気持ちが分からなくもない気がした。
と言っても、私には毎日そうやって見る気力はないけど。
……うん、たまになら、いいかもしれない。
「、どうかしたか?」
「ううん、特に何も」
少しボーっとしすぎてしまった。
駄目だ。真田のことを考えるといつも以上にボーっとしてしまう。
気をつけなければ。
「弦一郎、そろそろ練習再開しようか」
幸村が真田に声をかけると、真田は立ち上がった。
「休憩終了!!!」
かなりの大声で休憩の終わりを告げた。
幸村は慣れているからかなんともなさそうだが、
耐性のついていない私の耳はほんの少し負傷。
少し耳鳴りがした。でもすぐに回復。
「、が呼んでる」
幸村が笑顔で私にそう告げた。
きっと私にとっては良くないことが待ち受けているんだろう。
幸村が心なしか楽しそうだ。この野郎。
そんな捨てゼリフを心の中で吐いて(といっても彼には聞こえてるだろうけど)、
先程配ったドリンクとタオル(といっても三人分だけど)を回収しての元へ向かった。
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10.03.18