明日が どうしようもないくらい楽しみです



はきっと

    
るい




「あー、寒くなったよねー」
「そうだよな、この前までは暑かったのにな・・・」
海に着くと緊張も解けたのか、あたしは口を開いた。
というか綺麗な海の雰囲気で、自然と口が開いたって感じだ。

「もっと海の近くまで行こう」
「そうだな」
それだけを言うと、あたし達は靴と靴下を脱いでそれをコンクリートの地面へ置いた。
そして裸足で砂を踏みしめながら、波が来るか来ないかの所に腰を下ろす。
バネさんも、同じようにあたしの隣に座った。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばらくの間何も言う事が出来なくて、耳に入るのは波の音だけだった。
目を閉じてその音を聞くと何処か安心することが出来た。



「あの・・・さ」
先に口を開いたのはあたしの方だった。
まずは、プレゼントの事を言っとかなきゃなーと思って。

「実は、昨日ケーキ焼いてたんだけど・・・失敗しちゃって、結局プレゼント用意できてないの・・・ごめん」
「あー、だから朝はあんなに焦ってたのか。ごめん、悪い事したな・・・」
「いやいや、悪いのはサエさんだけだから!バネさんは悪くない!」
「そ、そうか・・・」
「本当ごめん、明日には渡せるようにする・・・ね」
「わざわざありがとうな」
そう言ってまたバネさんはあたしに笑顔を向ける。
心臓の音が早くなった気がした。

そしてまた、沈黙が訪れる。



「えーっと、バネさん・・・あたしさ、言いたい事がー・・・あるん、です・・・よ」
途切れ途切れの言葉だが、これでもあたしは本気。
本気と書いてマジとお読みください。
こうなったらアタックするしかない。
というか本来の目的はこれだ。
一応、この状況を作ってくれたサエさんと亮に感謝してやる。

・・・・・・心の中では冷静を装ってるけど、実は心臓が爆発しそうです。
頑張れ、負けるな
言ってしまえばお終いだ、結果がどうであっても伝えれば良いんだ!!



「あたしは、バネさんの事が好「ガサガサッ!」


・・・・・・。

あたしの言葉を途中で遮った音のした方に、あたし達は顔を向けた。
その場所に居たのは、

「押さないでくださいよサエさん!」
「ごめんごめん、つい手が滑って・・・大丈夫だったか剣太郎?」
「あーあ、ごめんね。邪魔だった?」
サエさんに押されて茂みから出てきてしまった剣太郎と、さわやかスマイルのサエさんと亮と。
その後ろにはおとなしくしてるダビデと樹ちゃんもいる。



あたしの中で何かがブチッと音を立てて切れた。



「お前ら二人はあたしの邪魔をしたいのか応援をしたいのか、どっちかはっきりしやがれーっっっっ!!!!!」

そう叫ぶと、あたしは足場の悪い砂場にも関わらずに二人を追いかけ始めた。
殺気を感知したのか、サエさんと亮は笑いながらだけど逃げ始める。

「わー、凄い顔だよ
「お前らの所為っ!!!」





ギャーギャーと騒ぐを見て呆れた黒羽は溜息をつく。
そんな黒羽に天根が声をかけた。

「バネさん・・・顔真っ赤」
「っ・・・う、うるせぇダビデっ!!!」
「バ、バネさん・・・っ、何で俺、が首絞められなきゃなんない・・・っ!!」
黒羽はまだ顔を赤くしながら、天根の首に腕をまわして本人は軽めに絞めたつもりでいた。
しかし、思ってたよりも力が入っていたのか天根は苦しそうにしている。

そんな黒羽を葵と樹がすぐに止めに入った事は、言うまでも無い。





バネさんの様子を見るのも忘れて、あたしは全力疾走で彼らを追い掛け回す。
でもやっぱりテニス部の足には追いつかない。
そこであたしは、どちらかの背中に向かってとび蹴りを食らわす事にした。

「食らえーっっっっっ!!!」
?!ス、スカートだろ、お前・・・っ!!」
「うわっ?!」
そう言いながら、亮はあたしのとび蹴りをまともに食らって後ろの海へ勢い良く倒れこんだ。
亮よりも前を走っていたサエさんも道連れにして。

「はっはっはっ!甘い、甘すぎるよ!スカートの下にはちゃんとスパッツ穿いてますよーだ!」
「「・・・・・・っ」」
「ほらほら、水も滴る良い男になってるんだから良いじゃない!!」
そう言って濡れた彼らの前で笑い飛ばしてやった。
これ、めちゃくちゃスッキリする!!
・・・・・・とか言って、いい気になってる場合じゃありませんでした。


「うわっ?!」
亮に足を引っ張られ、あたしは水しぶきを上げて海にダイブ。

「ほら、水も滴る良い女になった・・・・・・っ」
「この野郎・・・っ」
そう言って亮を睨むが、亮はあたしを見て笑いっぱなし。
仕舞いにはサエさんまで笑い出すもんだから、何故かあたしもつられて笑い出してしまう。
制服が水を吸って気持ち悪いけど、そんな事は気にならなかった。



「へっくしっ!!」
気温が低くなってきたからか風が吹いたと同時に、あたしは笑いを遮って色気も何も無いくしゃみをしてしまった。

そんな時、後ろから誰かに抱き上げられた。

「いつまでも冷たい水に浸かってたら風邪ひくだろうが!」
「バ、バネさん・・・っ」
そう言ってあたしを波の来ない所へ立たせ、上着をかぶせてくれた。
やっぱり優しいな、と思ってジーッとバネさんを見てたらふと目が合った。

「・・・・・・」
「・・・・・・も、もっと冷える前に早く帰ろうぜ。サエも亮もさっさと上がれよ!」
「はいはい・・・・・・っくしっ!」
「大丈夫か、サエ?」
「・・・さすがに、冷えたかもしれないな」
バネさんが先に目を逸らし、まだ海に浸かっていた二人に声をかける。
そして、ごちゃごちゃ言いながらサエさんと亮が上がってきた。
そんな寒そうな二人を見て、少しだけとび蹴り食らわせて悪かったなと思った。ほんの少しだけど・・・さ。

「じゃぁバネ、を家まで送ってやって」
「え・・・お前の方が家近いっていうか隣じゃ「よろしくな」
バネさんの言葉を遮り、サエさん達はあたしとバネさんを残し帰っていった。
なにがよろしくなんだよ、サエさん。



「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・帰るか」
「・・・うん」
気まずい空気を無理矢理破って、あたし達は帰る事になった。



+++++



「へっくしっ!」
「大丈夫・・・か?」
「うん、平気平気」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
バネさんの自転車の後ろに乗せてもらって家へと向かう。
あたしがくしゃみをした時にぐらいしか会話は続かなくて、沈黙の時間が長く感じられた。
結局会話はそれだけしかなくて、気づけばもう家の前。

「わざわざありがとう、バネさん」
自転車の後ろから降りて、お礼を言う。
お礼以外の言葉は、出すことが出来なかった。



「あの、さー・・・」
バネさんが、口を開いた。

「俺も――・・・だから」
「何?俺も“水も滴る良い男”だから・・・って言った?」
「ち、違うっ!」


本当は分かってる。
一応聞こえたけど、知らないふりをしてるだけ。
もう一度、聞きたいから。



「だから・・・俺もの事・・・・・・好きだ・・・・・・」



今度ははっきりと聞こえたバネさんの声。
暗くて表情がよく見えないのだけど、きっと真っ赤に違いない。
あたしもきっと、人の事を言えない位真っ赤だろうけど。

「あたしも・・・バネさんの事・・・・・・大好き・・・です」
確認するようにもう一度、バネさんに言う。
顔が有り得ないほど火照って熱かった。

「じゃ、じゃぁな・・・!」
恥ずかしさを誤魔化す様に、バネさんは自転車に乗ってペダルに足をかけてこぎ始めた。
数メートル進んだところで一度止まり、そしてバネさんは振り返って叫んだ。

「また明日、プレゼント楽しみにしてるからなーっ!」
それだけ言うと、バネさんは再びペダルをこぎ始めるといつの間にか暗闇に紛れ込んで見えなくなった。

「また明日ーっ!!」
姿は見えないが、バネさんの背中に向かって大きく手を振った。
返事が返ってくるわけでもなかったけど、なんだか嬉しくて顔の筋肉が緩むのが分かる。
今の顔をサエさんに見られたら嫌だなー、とふと思った。





、凄い顔してるよ」
「・・・・・・」
やっぱり出てきやがったか。

「よかったじゃないか、バネと両思いで」
「うん、・・・・・・もしかして、バネさんの好きな人知ってた?」
「・・・・・・・・・さぁ、そろそろ家にかえ「知ってたんだ、サエさん?」
さわやか笑顔で話を逸らし、帰ろうとするサエさんの肩をガシッとつかむ。
しかし、やっぱりサエさんはなかなか口を開こうとはしなかった。
また沈黙が続いた。


「へっくしっ!」「っくしっ・・・」
沈黙を破ったのはあたしとサエさんのくしゃみ。
そういえば、まだ濡れたまま着替えていなかったっけ・・・。

「もういいじゃないか、早く帰って着替えよう・・・」
「・・・・・・うん、それはそうかもしれない。また今度教えてもらうよ」
「また今度・・・か」
体も冷えてきて、サエさんの言うとおりにした方がいいなと思ったあたしは手を離した。
もちろん、諦めたって訳じゃなくて「また今度」といっておく。

でもあたし、覚えてる自信ないや。
だからきっと、そんな事は忘れるだろうけど・・・一応形だけでもって事で。
・・・ああ、サエさんの言ったとおりどうでもよくなってきた・・・。
とりあえず今は着替えたい。

「じゃぁね、サエさん。風邪ひかないようにねー」
も、明日はプレゼントちゃんと用意しよきなよ」
それぞれ相手に一言ずつ言ってそれぞれの家に入っていった。
熱かった体も冷め切って、あたしは家に入ってからも何度もくしゃみを連発していた。
隣の家からも、同じように何度もくしゃみが聞こえてきたけど。
よし。明日はバネさんに会うために、風邪引かないように頑張ろう。



明日からはいつでもバネさんの傍に居る事ができる
バネさんが誰を好きだとか あたしの事が嫌いなんじゃないんだろうかとか
無駄な心配はもうしなくてもいい
そう考えるだけで嬉しくて嬉しくて 顔の筋肉が緩みそうになる


明日から始まる
あなたと過ごす日々が楽しみで仕方が無い

きっと 明るい日に違いない





明日こそはちゃんとプレゼントを渡せるように、あたしはケーキを作り始めた。
もちろん、次は失敗しないように努力をして。

その努力が報われるかどうかは分からないけど・・・さ。





END...


05.10.02. inserted by FC2 system