あなたのように強くなりたい

あなたのように弱くなりたい





ないものねだり





彼女が泣いていた。
うずくまって泣いていた。
膝を抱え泣いていた。
肩を小さく揺らして泣いていた。
時々嗚咽を漏らして泣いていた。


「また、何かあったんですか?」


勝手に僕の部屋にあがりこんで泣いている彼女に声をかけた。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
みっともない泣き顔で、ゆっくりと僕の名を口にする。


「み、みづ……き……っ」
「落ち着いてからでいいですから、ちゃんと理由は教えてください。
 理由も分からないまま泣くだけ泣いて帰るなんて、そんなこと許しませんからね」
「うん……分かってる、から……ちょっと、待って……て」
「紅茶でも飲みますか?少しは落ち着くと思いますよ」
「うん……あり、がと」


か細い声でそう呟くと、彼女は再び俯いて泣き出した。
僕は鞄を置いて、とりあえず紅茶の用意を始めた。





紅茶を彼女に差し出した。
彼女はそれを受け取るとゆっくりと飲み始めた。
少し落ち着いたのか、涙は止まっていた。


「で、今日はどうしたんですか?」

そう聞くと、彼女は再び泣き出した。


「泣いてでも構いませんから、理由を言ってくれないとわからないでしょう」
「うっ……ううっ……」

そう言って(正確に言うと呻いて)俯こうとする彼女の顔に僕は手を伸ばし、彼女に無理矢理上を向かせた。


「さあ吐きなさい」
「わっ……からない、の」
「分からない?何がですか?」
「……泣い、てたら……何が、なんだったのか、忘れ……ちゃっ、て」

ごめんなさい、と肩を上下させながら言われて、僕は呆れてため息をつくことしか出来なかった。


「では、どうして今も泣き続けているのです?泣いている理由は忘れたのでしょう?」
「だって……だって、観月に……説明でき、なくて……申し、わけなく、って」
「申し訳ないと思うのなら、どうして僕のところに来るんですか?」
「やっ……ぱり、迷惑?」
「迷惑だなんて言ってません。僕は今、『どうして』と質問をしているんです。その質問に答えてください」
「だって……観月は私と違って、強い、し……どうにか、してくれるんじゃ、ないかと……思って」

ひっくひっくと泣きじゃくりながら彼女は答えを紡いだ。
僕は彼女の答えを聞いてから、ただじっと彼女を見ていた。
彼女はまだ泣きやまない。


「ごめん、ね……私、よわくて……」

まだ、彼女は泣きやまなかった。
泣いたまま、まだ言葉を紡ごうとする。
途切れ途切れの言葉が、紡がれていった。


「私……観月みたいに、強くなれ……たら、いいの、に」

大丈夫、あなたならきっと、強くなれます。

幾度も聞いたであろう彼女の言葉に、いつもなら出てくるはずの慰めの言葉が、喉に引っかかる。
言えない。今の僕には彼女にそんなことは言えない。


「僕は……あなたのようになりたかった」
「え……?」
「あなたのような、弱さが欲しい」

初めて彼女に零した本音である羨望。
彼女と同じ、自分にないものへの羨望。


羨ましかった。

涙を流して、他人に自分の弱さを見せることが出来る彼女が羨ましかった。
だけど僕は、他人に弱さを見せる事も弱音を吐く事も、プライドの高い自分が許さない。
僕には、出来ないから。


「人前で泣けるあなたが、羨ましいんです」

こんな、泣けない強さだけじゃただ辛いだけでどうしようもないのだ。
……なんてこと、弱さを知らないから言えるのかもしれないけれど、
それでも欲しい、と望まずにはいられなかった。


「観月」

なんですか、と言う前に、彼女は僕の肩に顔をうずめた。
彼女の表情は伺えない。


「これで、みっともない顔をしてても、観月には見られないね」

まだ鼻をぐずぐずと啜りながら、だけど明るい声で彼女は言った。





「鼻水だけは、つけないでくださいよ」

かける言葉が見つからなくて、そんな言葉しか選べなかった。
いやちがう、そんな綺麗な理由じゃない。

悪態でもついていなければ、自分を保っていられなかった。

最低だ。彼女は僕を頼ってきたと言うのに、僕は、


「うん、わかってるよ」

彼女はそれでも明るい声のまま、僕を許してくれる。
泣きたかった。





だけど、それでもやっぱり泣けなくて、僕は縋るように彼女の肩に顔をうずめた。










08.01.20 (それは、どうしようもないこと、なのだろうか)



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