さぁ、勇気を振り絞って





いち、にの、さん





起立、礼。

そんな号令で、今日も勉強尽くしの学校が終わる。
終わった瞬間にざわつきだした教室で、私は一人机に顔を伏せていた。

「どうしたのよ、。元気なさそうじゃない?」
頭上から聞こえた声に反応して、私はゆっくり顔を上げた。
そこにいたのは予想通り、中宮紅印だった。

「紅印ー・・・」
ただ、意味も無く彼の名前を呼ぶ。
思った以上に力の入らなかった声が、私の口から出てきた。
すると彼は「だからどうしたのよ?」と心配そうに私の顔を覗き込んでくれた。

それによって、いつもよりも近くなった私と紅印の距離。
鮮明に私の瞳に映される、紅印の顔。

自分の鼓動が、早くなるのを感じた。
心の中で「落ち着け」と自分を宥め、必死でその早くなる鼓動を抑え込む。
紅印には「別に何にも無いんだけどね・・・なんか調子悪い」と曖昧な答えを返してその場をしのいだ。
自分の想いを表情には出さないように注意して。

「なんなのよ、それ」
「だーかーらー、テンション上がらないのよ。何でか知らないけど」
本当は分かっているのだけど、私は彼に嘘をついた。


"アンタの所為"だなんて、言えるわけないじゃない。

正しく言えば、彼にこの想いを伝えられない自分の所為なのだけれど。
どうしようもなく紅印のことが"好き"だというこの気持ちを、抑えるのはもう限界だった。
なのに言い出せない、言い出すきっかけがなくては伝えられない自分に苛立っていた。


ああ、神様。どうか私にきっかけをください。

そう願ったって何も起こる訳が無いと思いながらも、私は心のどこかで願っていた。
勇気の出せない臆病な自分にはもう、それしか方法が無かったから。
その願いが神様に届いたかどうかは知らない。
だけど、願うだけでも願ってみるものだと思った。



「もしかして・・・恋煩いかしら!?」
「・・・・・・っ」
「その沈黙は肯定とみなすわよ」
「うん、そうかもねー・・・」
きっかけをくれたのは彼だった。
もちろん、彼は私がそんな事を考えていることに気づくことはなく、
会話は普通に続いた。

「アナタでも恋煩いするのね・・・」
「何よその言い方。まぁ乙女じゃないのは認めるけど・・・私は正真正銘女だもん・・・」
ちょっと不貞腐れ気味に呟くと紅印は「悪かったわ」と苦笑しながら言った。
「別に良いよ、慣れてるから」と私も苦笑しながら返答した。


ああ、あと少し。あと少しで勇気を出せる。

確信を持ち始めたが、まだ自分から動き出す事は出来なかった。
そして、先に動いたのは彼のほうだった。

「で、の好きな人って言うのは誰なのかしら?」
「・・・・・・なんで言わなきゃならないのよ」


ああ、やっぱり素直になれない。

せっかく貰ったきっかけを、自ら拒んでから後悔した。
自分の勇気の無さが嫌になった。
私は表情には一切出さずに自己嫌悪に陥る。
しかし、後悔するのはまだ早かった。

「吐いちゃいなさい、楽になるわよ」
語尾にハートが付きそうな調子で、彼は微笑みながらそう言った。
彼はまた、きっかけをくれたのだ。

だけど、それでも、勇気の出せない自分がいて。
あと少しなのに、そのあと少しがなかなか出せなくて。
やっと紡ぐ事が出来た言葉は、

「そういう紅印は、好きな人いないの?」

自分の話題から逸れた、しかしずっと聞いてみたかった疑問だった。

「いるわよ」
「もちろん剣ちゃん以外だからね。異性でいるの?」
「・・・ええ、もちろん」
彼は少しだけ考え込んだが、私のように話を逸らすことなく笑顔でちゃんと答えてくれた。

「え、誰?!」
「・・・・・・なんで言わなきゃならないのよ」
私がすかさず紅印問いかけると、先程の私と同じ答えが返ってきた。
やっぱり、簡単には吐いてくれるわけが無いか。



そこで私はある一つの方法を思いついた。
"賭け"でもあったが、このチャンスをもう逃すわけにはいかない。
思い切って、言葉にする。


「じゃぁさ、『いち、にの、さん』で同時に好きな人の名前言わない?
 それなら不公平なくどっちも教えあえるし、ね!」
「分かった、いいわよ」
彼の肯定の言葉を聞いて、私は決意を固めた。


たとえ片思いだとしても構わない。
私は彼にこの抑え切れない想いをぶつけるだけでいいんだ。
そんな風に考えると、意外にも簡単に決意を固める事が出来た。
あとは、掛け声の後に彼の名前を紡ぐだけだ。

「紅印、決意は固まった?」
「最初から固めてるわよ」
「よし、じゃぁ・・・」


さぁ、勇気を振り絞って


「「いち、にの、さん」」





それぞれが紡いだ言葉に、私達はお互い顔を見合わせた。
そして少し間を置いてから明るい声で笑い出した。




F i n ...





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初めての企画の参加でドキドキしながら書かせて頂いた紅印夢。
素敵な企画に参加させて頂き本当にありがとうございました!
そして企画終了おめでとうございます。本当にお疲れ様でした。




06.02.27.執筆  06.04.05.UP

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