昼休みのチャイムが鳴り出すと、私はすぐに駆け出した。今日こそは、今日こそはアイツに勝ってやるんだ。片手に持った昼ごはんはコンビニのおにぎり三つとお茶一本。これなら全速力で走っても崩れたりしないし大丈夫。よし、完璧だ。心の中で小さく頷き、私は走る速度を上げた。
下靴にはきかえ、また走り出す。向かうのはいつものあの場所。もう息があがってきてしまったが、目的の場所まではあと少し。最後の力を振り絞り、私は走った。

しかし、少し先に見えた目的の場所では、私よりも先に金色の髪が揺れていた。

「残念でしたー、今日も俺の勝ちー」
「……は、早すぎ……ジロー」
努力も空しく、今日も私の負け。夏場、丁度涼しくなる一人分の木陰を、今日もジローに占領されてしまった。
お気に入りの場所をとられた汗だくの私は彼のすぐ隣に(といっても日向だが)腰を下ろす。そしてペットボトルをあけ、渇いた喉をお茶で潤した。そして雑に袋を破り、おにぎりにくらいつく。汗を流した後だからだろうか、いつもより少し美味しかった。

「すっげー男らしい食べ方……」
横で呆然としているジロー。「悪い?」と少し睨んで言うと、彼は少し笑って「いいや、君らしい」となんとも違和感なく爽やかに言いやがった。
そんなノリで会話を続ける……ということはなく、しばらくの間、二人は食べることに集中していた。まだ鳴き続ける蝉が、私達の間に流れるはずだった沈黙を掻き消してくれた。



「あのさー」
「んー、何よ、ジロー」
私が昼食を食べ終わるのを見計らってか、彼は声をかけてきた。

「どうしてさ、いつも俺に負けるって分かってるくせにここにくるの?」
あまりにも突然すぎる質問に内心焦ったが、ここで動揺してはいけない、と焦る自分を宥め、私は答えた。

「だってここは私のお気に入りの場所だもん。簡単に譲れない。それに負ける気なんてしないし」
これは、全部本当。

「それだけ?」
「うん、それだけ」
これは、嘘。それだけのために私はあんなに頑張って毎日ここへ来ているわけではない。

「ちぇーっ、つまんねーの」
「つまんないって……私に何を期待してんの」
「べ、別にー」
無邪気に笑い、誤魔化すジロー。ああ、なんて分かりやすいんだろうか。

だから、と言うのはとってつけたみたいな理由にすぎないのだけど、彼が期待するから、言ってあげない。もう一つの理由なんて、言ってやるもんか。

戸惑い、揺れる君がもう少し見ていたいから、だから君が自分で気づくまでは言ってあげない。好きだから、なんて言って簡単に君を喜ばせてなんかあげない。



風が吹いた。涼しいとはいえないけど心地良い風だった。私の紫外線にやられて少し茶色くなった髪と、ジローのふわふわの金色の髪が揺れる。風は強くなったり弱くなったりするが、まだ吹き続けている。
このまま、吹き続けてほしいと思った。




揺れる金色


どうかまだ、揺れたままでいて。





06.11.08.

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