これ以上は、望まないから。



どうか、そのままで



そういえば、秋雨前線が停滞してるとかどうとかニュースで言ってたっけ?
降水確率が80%だとか、いつもと変わらない口調でテレビから聞こえてたような気がする。
だけど、それがただの聞き間違いじゃなかった事は今目の前で証明されている。

傘無しで帰るとすれば、びしょ濡れになる事を覚悟しなくてはならない程、今日の雨は特別に強かった。

運が悪いというか、雨が降ると分かっていたのに傘を持ってくるのを忘れた私が悪いのか、
どちらかが正しい答なのかなんて分からない。
分かったって、濡れずに家に帰れるわけじゃないから意味は無いけど。



屋根のある昇降口から先には一歩も出る事が出来ず、傘を持った何人もの生徒が私の横を通り過ぎていく。
びしょ濡れになる覚悟が出来ない私は、しばらく立ち尽くしていた。
余計に落ち込むからと思って我慢していたため息ももう我慢できず、私は我慢していた分まで吐き出す。

「はぁー・・・」「はぁー・・・」
深いため息が二つ、吐き出された。
もう一つが自分以外の物だと言う事をやっと認識すると、私はそのため息の吐き出された方に顔を向ける。
そこには、見知った相手の顔があった。

「何や、も傘持ってきてへんのか?」
「忍足・・・アンタも持ってきてないの?」
「ため息ついてんの見たら分かるやろ・・・」
そう言うと、忍足は再びため息を吐いた。
それにつられて私もため息を吐いてしまい、余計に虚しくなった。

「今日、降水確率80%だとか言ってたじゃない。傘持ってこないなんて馬鹿?」
「お前も持ってきてへんやん、傘」
「家庭の事情で・・・」
「どないな理由やねん」
「ナイスツッコミ、さすが関西の人」
「・・・・・・最初からそれ狙っとったん?」
「もっちろん!」
ふざけてグッと親指を立てる。
忍足は、私の見慣れている呆れた顔をした。
彼とこんな風に話をするのは毎回の事で、こんな会話が当たり前になっていた。
もちろん普通の会話だってする。・・・・・・けど、比較的に漫才っぽくなることが多い。

友達同士。
周りから見れば、きっと私達はそんな風に思われる。
だって、そう思われるように私は彼に接しているから。
本当は彼の事が異性として好きだけど、そんな感情は無理矢理押さえ込む。
こうして楽しく過ごせる"友達"という関係を崩したくなくて、今日も友達として接する。


も漫才にむいとるやん」
「それって褒めてるの?貶してるの?」
「褒めとるに決まってるやん」
「・・・どうも。でもアンタに漫才向いてるって言われたくない
「まぁ、確かにそうかもしれんなー・・・」
目の前で降る雨の勢いは変わることがないので、私達は会話を続けた。
忍足も雨の勢いが少し弱まるのを待っているのだろう。

それなら、このまま雨の勢いが弱まる事がなければ良いのに、と矛盾した気持ちが生まれる。
けれど、すぐにその気持ちを頭から追い出して彼との会話を続けた。
恋愛感情を中に押し込んで、自然に接する。



その後も同じような会話が続くが、雨の勢いが弱まる事はなかった。
横を通り抜けていく生徒も居なくなり、雨の所為で暗かった空がもっと暗くなる。
時計も、もうすぐ下校時刻を指そうとしている。

「雨、弱まらんな・・・」
「もう濡れて帰るしかない・・・か」
再び二人でため息を吐き、雨雲で覆われた暗い空を見上げた。

「じゃぁ、帰ろっか」
「そうやな」
顔を見合わせて、私達は同時に一歩を踏み出した。
その途端、冷たい雨が私達に叩きつけられる。
髪の毛も、制服も、鞄も、靴も、全てがすぐにびしょ濡れになった。
制服が肌に張り付いて気持ち悪い。
隣の忍足も、同じ状況だった。

「覚悟してたけど・・・」
「これは酷すぎや・・・」
文句を言った所でどうにかなるわけじゃないけど、また顔をあわせてそう呟いた。
やっぱり、雨の勢いは衰えない。


ふと、空を見上げたくなって顔を上げる。
視界に入ったのは灰色の空だけで、大粒の雨が私の顔を打った。
雨が目に入らないようにギリギリまで目を細めて、空を見続けた。


 " 好 き " と い う 気 持 ち な ん か
  こ の 雨 で 流 さ れ て し ま え ば 良 い の に


自分に似合わない、そんな言葉が頭に浮かんだ。
だけど、その言葉の通り"好き"という気持ちが流れてくれさえすれば、
何の偽りも無く友達として傍に居る事が出来たのならば、

きっと、彼と過ごす事がもっと楽しいと思えたかもしれないのに。


「どないしたん、?大丈夫か?」
忍足はずっと空を見続ける私を不自然に思ったのか、私に声をかけた。
名前を呼ばれた私は空から目線を外して、視界に空以外のものを入れる。

「・・・別に、なんでもない」
「せやったら、はよ帰ろ」
少しだけ私に微笑みかけて、忍足は歩き始めた。
私も、彼と並んで歩き出す。


二人で歩く雨の中。
私はどうかこのままの関係で居られるようにと願いながら、彼と会話を続ける。
雨に濡れてるという事も気にせず、いつもと変わらない会話を続ける。

分かれ道が来るまでの間。
会話の雰囲気も、雨の勢いも、変わる事はなかった。





05.10.17.
inserted by FC2 system