雨に濡れていたはずなのに、ほんの少し温かかったよ。




雨に濡れた君に




退屈な授業中、窓の外を見ると今日も雨が降っている。
梅雨だからなのか、台風が接近してるからなのかは分からない。
分かっていても、お天道様の気分が変えられない私たちになす術はないけれども。


授業が終わり、家に帰ろうと下靴に履き替えた時に、私は傘を持ってきていないことに気がついた。


「(そういえば、今日の朝、面倒だと思って持ってこなかったっけ……)」

外は結構な土砂降りだ。どうしようかな。
一瞬迷ったが濡れても変わりはないだろうと思ってそのまま校舎を後にする。





体をたたきつける雨。
服が濡れて肌に密着しても、さほど気にならなかった。





むしろ、全部全部、洗い流してほしくて。

寂しさも、恋しさも、何もかも、全部全部。










上を向くと、広がっているのは灰色の雲が覆い尽くした空。
特に感情を抱くことも無く、ただ見上げていた。










ふと、私と灰色の空の間に割って入った紺色があった。
体をたたきつけていた雨がやむ。


「また濡れているんですか?今月に入って三回目ですよ……」


振り向けば、溜息をついた観月が私を傘の中に入れていた。


「傘を、忘れたの」
「朝から降りそうだったじゃないですか……全く、不注意にも程がありますよ……」

そう言って、観月はまた溜息をついた。


「えへへ」

笑って誤魔化した。



「笑っても誤魔化されませんよ。あなたって人はもう―――」

誤魔化しきれなかった。その上長々と説教らしきお言葉を頂いた。
全部耳の右から左へと通り抜けていったけど、観月には内緒だ。

あ、説教が終わった。


「わかりましたか?」
「……うん、なんとなく」
「怪しい返事ですね……まあ、良いとしましょう。明日からは鞄に折りたたみ傘でも入れておきなさい」
「善処します」
「必ず、ですよ?」
「……善処します」
「……それでは善処してください。またこのやり取りを繰り返しそうな気がしますが……」

はあ、とまた観月の溜息。
綺麗な溜息だった。


「一先ず、今日は寮まで送って差し上げますよ」
「え、いいよいいよ。どうせもうびしょ濡れだし」
「風邪でも引かれたら私が困ります」
「うう……っ」
「さあ、観念しなさい」
「……はあい」

渋々頷いたけれども、本当は少し嬉しかった。



相合傘で二人並んで歩く帰り道。
実際は違うのだけど、なんだか恋人同士のようで少し嬉しくて。


「観月」
「なんですか?」
「何でかなあ。びしょ濡れだけど、なんか、温かい」

誰かの隣と言うものは、こんなにも温かいものなのだろうか。
それとも、寂しさが全部雨に流されてしまったからだろうか。


「まさか、熱でもあるんじゃないでしょうね」
「きっとそれはないよ」

そう言って、笑って誤魔化した。


「そうだと良いのですが……」

観月はまた溜息をついた。


「もうこんなことにならないように、明日からは折りたたみ傘を常備してくださいね」
「善処します!」
「返事は立派なんですけどね……心配です」
「えへへ」

私はまた笑って誤魔化した。





彼の予想通り、私は明日からも傘を忘れるだろう。

そうすればまた、こうして同じ傘に入れるんじゃないだろうかと、

馬鹿な私は期待してるから。






そうして彼はまた何度も溜息をつきながら、私を傘の中に入れてくれるんじゃないだろうか。
それは、梅雨が明けるまでの、私だけの特権。





12.12.22
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