ひとかけらの愛








「景ちゃん、今日はテニス部?それとも生徒会?」
 朝練が終わり部室へと向かって歩いていた跡部に、幼馴染でもありテニス部マネージャーでもあるが近づいてきて話しかける。
「今日は生徒会だ。何か用事でもあったか?」
「うん。備品で足りない物があってスポーツ店と薬局に買出しに行きたいんだけど………。」
「分かった。宍戸に一緒に行かせるから教室で待ってろ。」
「良いの?」
「ああ、構わねぇよ。宍戸には俺から言っておく。」
「有難う。」
 ニコッと笑って軽く頷いて先に歩き出したの後姿を見送ってから、後ろに振り返って話を聞いていたであろう宍戸に向かって言葉を発する。
「宍戸、話は聞いてただろ?」
「ああ。けどよ、何で俺なんだ?」
「ジローだと余計な物まで買うからな。それに今備品を一番消耗しているのはお前だ。ならに付き合うのは当たり前だろ。」
 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら告げた跡部の言葉に、思い当たる所があったのかグッと言葉に詰まりながらも宍戸は軽く息を吐いて頷いた。
「分かったよ。悪いな、長太郎。そういう事だから俺が戻ってくるまではジローとアップしておいてくれよ。」
「分かりました。」
 苦笑いを浮かべながらも頷いた長太郎に頷き返した宍戸は、先に歩いている跡部の後に続いて歩き出した。






 放課後を知らせるチャイムの音を聞きながら宍戸が迎えに来るのを待っていたに、同じクラスでもある忍足が声をかける。
、部活行かへんのか?」
「今日は備品の買出しに行ってから参加するよ。」
「ああ、確かに少ななってたな。」
 納得するかのように頷く忍足の姿に、訝しげに首を傾げながらが言葉を続ける。
 マネージャーであるしか気がついていないと思っていたからだ。
「あれ?忍足くんも気づいてたの?」
「まぁな。で?一人で行くんか?」
「ううん、亮ちゃんと一緒に行って来いって景ちゃんが言ってたから待ってるんだよ。」
「ま、それが無難やな。ほな、俺も宍戸が来るまで待っとくわ。ちょっと言っとかなあかん事があるから。」
「うん、分かった。」
 やれやれといった感じでテニスバッグを下ろしてへと笑いかけてきた忍足にが笑い返していると、バタバタと廊下を走る音が響くと共に教室のドアが勢いよく開いた。
悪ィ!遅れちまったって…忍足?」
「ちょっと宍戸に言うとかなあかん事があってな、と一緒に待っとってん。」
「何だよ?今話さないといけない事か?」
 疑問符を浮かべながら歩いて来た宍戸の肩を組んで耳元に唇を寄せると、周りに聞こえないぐらいの小さな声で言葉を発した。
「跡部の親衛隊がが一人になるのを狙っとる。絶対にから離れる事だけはないようにしときや。」
「なっ!!!!!!」
 どういう事だとばかりに顔を上げてきた宍戸を放した忍足は、呆気に取られているに向かって手を上げるとそのままテニスバッグを抱えて教室を出て行こうとしていた。
「待てよ、忍足っ!」
「言葉通りや、宍戸。それにはよ行かな跡部にどやされるで。」
 チラリと教室にある時計に視線だけを向ける。
 忍足と宍戸のやり取りに軽く首を傾げながらも時計へと視線を向けたは、思っていたよりも時間が経っていた事に驚きながらそのまま忍足を追いかけて行きそうになっている宍戸の制服の裾を掴んだ。
「亮ちゃん!」
「何だよ?」
「もう行かないと本当に景ちゃんに怒られちゃうよ!」
 壁にかかっている時計を指差しながら言葉を紡ぐの姿を一瞥してから時計へと視線を向けた宍戸は、ゲッ!と一度小さく叫ぶと慌ててへと視線を向けて頷いた。
「やべぇ!とりあえず俺等も行くか。」
「うん。」
 コクリと頷いたを促して歩き始めた宍戸は、正門を潜ってスポーツ店への道を歩きながら忍足が言っていた言葉の意味を今更ながらに気がついた。
 正門を出てから数人の親衛隊が距離を保ちながら後ろを歩いていた。
 宍戸でも見覚えがある女子生徒だったからだ。
 跡部、宍戸、ジローの幼馴染でもあるは跡部とは親同士が決めた婚約者同士であり、知っているのはテニス部のレギュラーだけ。
 他の部員達は幼馴染だという事すらも知らない。
 特に告げる必要はないという跡部の意思故に、だ。
「ったく…始めから婚約者だって言ってればこんな事にもならずにすんだはずなのによ。」
 目的地でもあるスポーツ店の入り口を潜り、の後に続いて歩いていた宍戸が聞こえるか聞こえないかの小さな声で独りごちた。
 先に入っていたが店内をキョロキョロと見回す。
 ゆっくりと歩いて来て隣に並んだ宍戸は、メモを見ながら何かを探しているに向かって言葉を発した。
、何がいるんだ?」
「テーピングとグリップ。後は包帯とか消毒液だけど…これって亮ちゃんが一番消耗してるでしょ?」
「うっ……まぁ、な。」
「いっつも怪我ばっかりして…。鳳くんが心配してたよ?」
「出来るだけ怪我しないようにはしてるんだけどな、まぁ、こればっかりは仕方ねぇよ。」
 苦笑いを浮かべながらコツンとの額を軽く小突いた宍戸に、抗議するかのように口を開こうとしたの手を取るとレジに向かって歩き出した。
 その姿を女子生徒が見ていた事を知っていたからだ。
 レジでお金を払って薬局へと向かおうと入り口にまで歩いていったと宍戸の前に、先程からずっとと宍戸の後を尾けていた女子生徒が入り口を塞ぐように立つとリーダー格っぽい女子が口を開いた。
「貴女がさん?ちょっとお話があるのだけれど?」
「今、ですか?」
「ええ。すぐに済むから時間は取らせないわ。」
「分かりました。ここではお店の方に御迷惑をかけてしまいますので、近くの公園でお話をお聞き致します。」
 コクリと頷いたに続いて歩こうとした宍戸を脇を固めていた女子生徒が手を伸ばして引き止める。
「何だよ?俺が一緒に行っても問題ないだろ?」
「ダメ。彼女はさんと二人で話したいと言っているから、宍戸くんが間に入ると拗れてしまうでしょう?」
「拗れるとかそんな問題じゃないと思うけど?」
「彼女も一人で行ってるからすぐに戻ってくるわ。」
「へぇ…一人で、ね。公園には他の親衛隊達がいたりしてな。」
 ふっと口元に笑みを浮かべながら皮肉った宍戸の言葉に、右側に立っていた女子生徒の肩がわずかにビクリと揺れた。
 ビンゴか。
 仕方ねぇなといった感じで軽く息を吐いた宍戸の姿に思わずお互いの顔を見合わせた女子生徒の脇を今だとばかりに通り抜けた宍戸は、が向かったであろう公園に向かって走り出した。
 クソッと自分自身に毒づきながら。






 先に歩いていた女子生徒の背中を見つめながら歩いていたが公園に入ると、十人以上の女子生徒が今か今かとばかりにが来るのを待っていたようだった。
 リーダーでもある女生徒が一歩足を進めての前に立つ。
「よく一人で来ようなんて思ったわね。私達が跡部様の親衛隊である事を知っているはずなのに。」
「お話があると仰っていましたから。私、買出しの途中なので手早く済ませて頂けると助かります。」
 特に怯む事なく淡々と告げるに、周りにいた親衛隊の間で喧騒が広がった。
 手を上げて親衛隊達を静めながら女生徒が口を開く。
「私達が貴女に言いたい事は二つ。一つ目は跡部様に近づかない事、二つ目は跡部様や宍戸くんの事を名前で呼ぶのは止める事。簡単な事でしょう?」
 簡単な事。
 それはつまりテニス部のマネージャーを辞めろと暗に告げている事だった。
「お言葉ですけど、景ちゃんに近づかない事と言われても出来ません。家がお隣同士ですから。あと、名前を呼ぶのを止めろと言われても小さい頃からずっとそう呼んでいたから出来ませんし、景ちゃんや亮ちゃんが止めろとは言ってないので。」
 それで良いですかといった感じで公園を出て行こうとしたの腕をカッとなった女生徒が掴んで引き戻す。
「まだ話は終わっていないわ!」
「私の方の話は終わりました。これ以上何を話すというんですか?貴女方は私にテニス部のマネージャーを辞めろと言いたいんでしょう?」
「っ…そうよっ!今までマネージャーを取る事なんてなかったのにどうして貴女だけがマネージャーに選ばれたのかが分からないわ。それは誰もが思っている事よ!」
 背後で頷きながらもへと睨みつける視線を止めない親衛隊達の姿に軽く息を吐きながら、目の前ですっかりと激高してしまっている女生徒に向かって言葉を続けた。
 いずれ問われるであろう事だと分かっていたからだ。
「それではお聞きしますけど、貴女にテニスに関する知識はありますか?皆が汗で汚したタオルやジャージを綺麗に洗濯出来ますか?皆の体調を気遣いながらドリンクを調合したり、スコアをつけたり、グランドを整えたり出来ますか?」
「っ!!!!!!!!!」
「出来ないでしょう?ただ部員の皆にドリンクやタオルを配るだけがマネージャーの仕事ではないんです。榊監督が皆さんを選ばなかったのはそういった理由からですよ。これで納得出来ましたか?」
 もう話す事はないといったばかりに今度こそ公園を出て行こうとしたに、怒りに震えて顔を真っ赤に染めた女生徒がに向かってあげていた手を誰かが掴んだ。
、大丈夫か?」
「景ちゃん!?どうしてここに?」
「買出しから戻って来るのが遅いし、宍戸から連絡があって皆で探してたんだよ。」
「生徒会なのにごめんね?」
「構わねぇよ。」
 そう言っての傍にまで歩いて来た跡部は、固まったようにこの光景を見ている女生徒と親衛隊達に向かって冷ややかな眼差しを向けながら言葉を発した。
「こうやって手を出す事まではしていなかったから今までは大目に見てやっていたが…に手を上げようとした事は許せねぇな。」
「………っ榊先生が言っていた言葉をさんから聞いた事に関しては納得出来るけど、それでもどうして跡部様がさんの側にいるのかが理解出来ないわっ!!!」
「理解?お前達にそんな必要はねぇだろ。」
「っ!!!!!!!!!!」
 言葉に詰まりながらも跡部へと視線を向ける事を止めない女生徒に、後ろからゆっくりと歩いて来た忍足が言葉を発した。
「婚約者やから当たり前やろ。それに宍戸とジローはの幼馴染やからな。聞きたかった答えはこれでええやろ?」
 有無を言わせない眼鏡の奥の忍足の視線に女生徒達は黙り込み、軽く息を吐いた忍足がほな行こかと跡部とに告げると踵を返して歩き出した。
 公園を出てから学校へと向かう道を歩く。
 忍足と三人で歩いていると、しばらくして息を切らせた宍戸が追い着いて声をかけてきた。
!大丈夫だったか?」
「うん、景ちゃんが来てくれたから大丈夫。」
 ニコッと笑いかけてきたにホッと息を吐いた宍戸に、隣を歩いていた忍足が揶揄するかのように言葉を続けた。
「せやからの側を離れるなよって俺は言うたのにな。」
「うるせぇな!俺を足止めしていた女子を乱暴に扱う訳にはいかねぇだろ。アイツ等の気持ちも分からないでもねぇしよ…。」
「まぁ、そうやな。」
「…誰かを好きになるっていうその気持ちは確かに大切な事だけど、だからって自分の気持ちを好きな人に押し付けるのは違うんじゃないかな?ね、景ちゃん。」
「………そうだな。」
 じっとお互いの顔を見つめ合っている跡部とに軽く息を吐いた忍足と宍戸は、お邪魔虫は退散するかと小さく呟きながら先に歩いて行った。
「正直言って気が気じゃなかったぜ。今度からは出来るだけ大人数で行かせるようにするからな。」
「うん。でも一つだけワガママを言うなら景ちゃんと一緒に行きたいかな?一番無理な事だけど。」
「買出しじゃなくてもずっと一緒にいられるだろ?それだけじゃ不満か?」
「ううん、そんな事ない。」
 ふわりと笑みを浮かべながら軽く首を左右に振ったの下顎を軽く上向かせた跡部は、が瞳を閉じると同時にそっと唇に啄ばむようなキスを落とした。






オマケ


「ええっ!ちゃんまだ戻ってきてないの?!」
 ジロー以外のレギュラー陣がを探しに行っている中、日吉の言葉によってようやく覚醒したジローが大きな声で叫ぶ。
「忍足先輩が言うには親衛隊が先輩の後を尾けていたらしいです。ですが、跡部部長も向かいましたから大丈夫だと思いますけど。」
「ああ、何だ!跡部が行ったのなら大丈夫だよ。んじゃ、俺は正門に行ってちゃんを待ってよっと。」
 そう言って走って行こうとしたジローのレギュラージャージを掴んだ日吉は、意地の悪い笑みを浮かべながらジローにとっては死刑宣告とも言える言葉を紡いだ。
「その跡部先輩から伝言です。『ジロー、俺達が戻って来るまでに日吉と一緒にアップしておけよ?』だそうです。」
「ええ〜っ!そんなの後、後!ちゃんを待ってる方が大事なんだから!」
「確かに大事な事だとは分かりますが、芥川先輩にアップをしておいて頂かないと俺が跡部部長と先輩に怒られますので。」
 さぁ、行きますよと言いながらジローを引き摺るように歩き出した日吉に、日吉の馬鹿力〜っ!というジローの叫び声がグラウンドに響き渡ったとか渡らなかったとか。







坂田さん、大変お待たせ致しました…!管理人におまかせ頂きました設定の方ですが、ヒロインは跡部の婚約者で跡部、宍戸、ジローとは幼馴染となっております。
しかもどちらかと言えば宍戸が一番出張っていたような気がしなくもないですが、少しでも坂田さんにお気に召して頂ければそれだけで幸いです(滝汗)
お持ち帰りは坂田さんのみ可能となっております。なかなかメッセージ等足跡が残せませんが、いつもサイトの方お邪魔させて頂いております…!これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます(礼)リクエスト本当に有難うございました…!すごく嬉しかったです…!(感涙)




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Secret gardenの彼方さんから頂いた跡部夢です。リクエストを受け付けてくださりありがとうございました!
跡部が素敵過ぎてもうお腹いっぱいです……っ!そしてオマケの日吉とジローもまた楽しかったです(笑)
氷帝キャラは全員好きなのでたくさん出て来てくれて嬉しかったです。本当にありがとうございました。
こちらもよくそちらにお邪魔させていただいているのですが、なかなか足跡が残せないままで申し訳ないです(汗)
これからも通わせていただきます。更新や運営頑張ってください、応援しております。

07.02.11 坂田明那
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