君の返事は最初から知っている。だけどこの想いをぶつけたい。
大丈夫、知っているから。
朝から騒がしい教室。
その原因のほとんどは、女子の甲高い叫び声だった。
そう、今日は女の子にとって年に一度の大イベント、バレンタインデー。
普段告白する勇気の無い乙女が、理由をつけて無理矢理勇気を出し、想いを伝えるという日。
私も、その勇気の無い乙女の一人だ。見た目や性格は乙女とは言い難いけど。
……。
今、自分で言って凄く空しかった、うん。
まぁいつもの事だ、気にする事なんか無い。
今気にするべきなのは、鞄の中に入れた手製のチョコの事。
どうやって渡そう、か。
私は朝起きてからそればかり考えていた。
昨日まではどんなチョコにしようか、どんな包装にしようかと考えるばかりで、肝心の渡し方の事などすっかり忘れていた。
どこか抜けていると、いつも友達に言われていた言葉の意味を、こんな形で実感するとは思っていなかった。
本当、肝心なところ抜けすぎじゃないか、自分。
そんなくだらない事ばかりを思っているうちに、チョコを渡す張本人が教室に現れる。
が、私は座っていた自分の席から立って彼に駆け寄る勇気なんか持っていないし、そんな事をしようとも思わなかった。
彼の視界にそんな私が入る事が無いまま、彼と私との間にはたくさんの女子の集まりが出来ていた。
正確に言うと、彼の周りにその集まりは出来ていた。
その集まりは彼、忍足侑士にチョコを渡そうとしている乙女達。
彼はあの別名ホスト部とも言われる男子テニス部のレギュラーメンバーの一人。
有名で、かっこよくて、チョコを貰わないはずが無い。
あの俺様部長の跡部には負けるだろうが、今年もそれなりの数を貰うだろう。
それは、初めから分かっていた。
だけど、やっぱり、全く嫉妬しないってことは出来なくて。
別に、私はアイツの彼女だというわけでもない。
なのに嫉妬してしまう自分が凄く嫌だった。
「(嫉妬なんかするな……っ、この強欲な奴め!)」
心の中で自分を叱り、嫉妬という感情を無理矢理潰した。それでも、その感情は鬱陶しく心の隅に残った。
私は何度もそれを潰そうと自分を叱り続けたが、それだけはどうしても潰しきれない。
そんな感情が残ったまま、私は彼と接触する事になった。
「おはようさん、」
「おはよ、忍足。今年も凄いじゃない、チョコの数」
「もらえるんは嬉しいんやけどな……ホワイトデーが大変やわ」
隣の席に着き、忍足は鞄をおろしながら私と挨拶を交わした。
その手には先程もらった包みがたくさん抱えられていて、そのことを指摘すると彼はため息をつきながら答えた。
私は「それはしょうがない」と苦笑して返す。それにつられてか、忍足も苦笑した。
私たちの関係は、"友達"。忍足と私は友達同士。
自然に喋れる点では恋人同士よりも良いかもしれない。
だけど、
会話をする度に積もっていく感情は、友達同士という関係だけでは満足しないようになっていった。
友達のままでいる方が こうして気軽に楽しく喋れるのに
友達のままでいる方が こうして冗談も言い合えるのに
友達のままでいる方が こうして自然の私のままで居られるのに
そんな抑え込むための言葉を並べても、抑え切れなくなった恋愛感情。
胸に秘めた感情を伝えたくてしょうがない、この衝動。
そんな行き場の無い感情と衝動を詰め込んだのが、今私の鞄の中にある丁寧に包装された手製のチョコ。
その周りにあるシンプルな包装、友達に渡すチョコ、よりも丁寧な包装である事が特別だということを語っている。
私は忍足と話しながら、横目で何度もそれを確認した。同時に、自分の決意を固めていた。
玉砕覚悟で想いを伝えるという、決心を。
普段どおりに過ごした。
授業を受けて、普通に喋って、冗談を言い合って、笑って、怒って。
そして、あっという間に放課後。
「忍足」
HRも終わり、私は決意が緩まないうちに、私は隣の席の忍足に声をかけた。
忍足はいつものように少し微笑みながら「なんや?」と言った。
私は手に持っていた紙、そこら辺の雑貨屋さんに売ってそうな女の子向けの可愛いイラストの描かれたメモを差し出す。
「……なんや、これ」
「果たし状」
「こんなファンシーなメモで果たし状ってどないやねん」
「冗談に決まってんじゃない。期待通りのツッコミありがと」
鼓動がだんだん早くなる。
だけど隠すのは案外簡単で、まだ普通に話せた。
「ま、読んどいて。じゃぁね」
「ちょっ……」
忍足が何か言い出す前に、私は鞄を素早く手に持ち、教室を出た。
少し小走りで昇降口に向かう。
昇降口で靴を履き替え、再び走り出す。
私が向かった先は、学校を出て少し進んだところにある公園。
そこに二つあるブランコの一つに座る。もう片方には自分の荷物を置いた。
はぁ、と息を吐くと白く変わって、また透明になって消えた。
昨日は少し暖かかったのに、今日は少し寒いようだ。
そんなことはどうでもいいか、とすぐに割り切る。
そして私は暇を潰す為にブランコをこぎ始めた。
懐かしい気分に浸りながら、スカートだということを気にせずに思いっきりこぐ。
だんだん高くなってゆき、それに伴って感じる風も強くなっていく。
ブランコの鎖を握った手の感覚がだんだん無くなっていったが、それどころじゃなくて気にすることさえも忘れていた。
それから、一時間くらい過ぎた頃。
果たし状……じゃなくて手紙に書いた「17:00に○○公園」という指定通りに忍足はやって来た。
部活の時にまた貰ってきたのか、手に提げている紙袋にはいっぱいのチョコが詰まっていた。
再び湧いてくる嫉妬心。
どんだけ傲慢なんだこの野郎。いや、私は女だけどね。
……。
とか言って一人で擬似漫才?してる場合じゃない。
今、やるべき事は――――――
「で。何の用や、」
「まぁ大した事じゃないんだけど」
「いや、呼び出すほどのことやから大した事やろ?」
「……どっちでもいい」
「ええわけないやろ」
「……」
相変わらずツッコミの好きな奴だな、と心の中で呟く。
そんな、無駄だけど普段どおりの会話を交わしながら、私は隣のブランコから取った鞄の中を探っていた。
そして、昨日何時間もかけて考えて包装した包みを取り出す。
「はい、これ」
ぶっきらぼうにその包み、手作りのチョコを渡す。
「……お、おおきに」
「ちなみに、義理じゃないから」
「え……」
「忍足のこと、好きです」
ありきたりでどうしようもないくらい恥ずかしい言葉。
忍足も突然のことで目を見開き、驚いている。
それでも何とか返事をしなければならないと思ったのか、彼は口を開いた。
「……」
「大丈夫、知っているから。どんな返事かなんて」
「はっ?」
言い難そうに言葉を紡ぐ忍足の言葉を、私は遮った。
「答えなんか分かっている」と先にそう主張して、強がっていたかったから。
さらに私は言葉を続ける。
「忍足、この前言ってたじゃないの、好きな人がいるって。
どうせ私の片思いって分かっていながら言ったわけだから振られる覚悟はしてるし、振るんなら振るで酷い振り方して!!」
それを一息で言ってやった。最後はもう自棄だった。
「……自分、マゾか?」
「ん・な・わ・け・あ・る・かっ!!」
「……」
忍足のツッコミにツッコミで返す。
そして、また沈黙が続く。
「いや、俺……」
そんな沈黙を破り、忍足は口を開いた。
大丈夫、答えは最初から知っている。
だからだからだから、今更この答えを聞いて傷つくことなんか無いんだ。
大丈夫、知っているから。
さぁ、早く、
他の女子と同じように、少しだけ申し訳無さそうな顔をして「ごめん」と言ってしまって。
「俺も……」
「のこと、好きや」
しかし、聞こえたのは予想もしなかった言葉。
私が心の底で望んでいた、嬉し過ぎる答え。
用意していた強がりな返事は私の口によって紡がれる事は無かった。
更にもう一つ用意していた強がりな笑顔を浮かべる事も無かった。
否、できなかった。
そんな笑顔の代わりに彼に向けたのは、キレイとは言えない力の抜けた顔だった。
06.05.03. 坂田明那