今は未だ、言わなくてもいい。










飲み込んだ










恋する乙女にとっては年に一度の大イベント。
好きな人に想いを伝える為のイベント。

別に告白するのなんていつでも良いわけなんだけど、
やっぱりなかなか勇気が出せないから理由の付けられる今日という日に告白するって人も少なくない。


だからなのか、「〜〜君に渡すんだ」とか「頑張れ!」とか女子の叫び声だとか、とにかくいろんな声が耳に入ってくる。
その様子からして、どうやら告白する人も少なくないようだ。





そんな教室の隅のほうで、私は彼と普段通りに過ごしていた。


「若いねー・・・なんでこんなにはしゃげるんだろうね、女の子って。ねぇ、
「あたしに聞くな。分からないからこうしてるんじゃないの」
「あ、そっか」
「・・・なんか、その納得の仕方がムカつく」
「どうも」
「・・・・・・」


軽く流されてしまい、私はそれ以上続ける言葉が見つからなくて会話は途切れた。
そしてどちらも、口を開こうとはしなかった。





「あの・・・滝君、これ!」


私達の会話が途切れたのを見計らってか、滝に同じクラスの女子生徒が近づいた。
そしてチョコであると思われるものを手渡す。
滝がお得意の笑顔を浮かべながら「ありがとう」と返すと、彼女は少し頬を紅く染め、適当に一言残して去っていた。


「人気者ねー、滝。それで何個目?」
「義理も入れたら十個ぐらい・・・かな。一ヵ月後が大変だ」


少し困った顔をして笑うと滝は貰ったチョコをあらかじめ用意していたらしい袋の中に放り込んだ。
袋は結構膨らんでいる。そんな袋を見て、私は呟く。


「いいよね、もてる男子って・・・一度で良いからバレンタインにだけもてる男子になってみたいよ」
「そんなに羨ましい?なんなら一個いる?」


羨ましそうに滝の貰ったチョコを見つめる私を見て、彼はまた笑う。
そしてその袋から先ほど貰ったチョコを取り出し、私に差し出した。


「・・・・・・」
「どうしたの?いらない?」
「・・・遠慮します。というかね、それ気持ち篭ってるんだからさ、
 ほかの女子にあげちゃダメだよ、うん。乙女心分かってあげようよ・・・ね」


自分の手を滝の肩に軽く乗せて私は言った。
自分で自分の顔は分からないが、きっと哀れむような視線を彼に向けているだろう。
そうに違いない。


が言うのもどうかと思うけどね」
「分かってるんだったら言わないで、首絞めるよ?」
「ハハハ・・・」


暢気に笑ってる場合かよ。
とつっこみたいところだが、いつまでもこうしている訳にも行かない。
今回は私がおとなしく退いてやることにした。
無意識のうちに滝の首にかけていた手を下ろす。


ふざけるのも、照れ隠しも、この辺りで終わっておこう。










「はい、これ」
「ん?」


差し出したのは、シンプルな透明の袋に詰められたクッキー。
市販のクッキーをそのまま袋に入れたわけじゃない、ちゃんとした手作りだ。
その証拠に形が不揃い。不器用で悪かったね!
表情を変えずに、ただ心の中だけで馬鹿みたいにそんなツッコミをしていると、
滝はいつの間にかそれを自分の手に持っていた。

しまった、ツッコミに夢中になりすぎて気づかなかった。





「ありがと、嬉しく頂いておくよ」


私からそれを奪い取った(正しくは私があげたから受け取っただろうけど、まぁいいか)
彼はそう言って、私に笑顔を向けた。


いつもよりも、明るい笑顔のように見えた。





まぁ、私の気の所為だろう。変に期待してどうする。


「ああ、そう、それ義理だからお返し期待してます」
「ええー」
「何か文句ある?」


貰えるだけ嬉しく思いなさいよと吐き捨てると、彼からは思いがけない言葉が返ってきた。





「本命じゃないんだ」






「……何、その爆弾発言」


今の滝の表情は、先ほどの明るい笑みとはかけ離れた妖しげな笑み。
大人っぽく、つい見惚れてしまいそうになるほどの物だった。

しかし私はそれに動じる事はなく、いつもの調子で返答する。
正確に言えば、ここで動じてしまえば彼にいじられること間違いないので必死に動じそうになった自分を抑え込んだのだが。
まぁ良い。(いや、良くはないと思うけどさ。)

そして彼はまた明るめな笑みを浮かべて口を開く。











「いや、冗談にきまってるじゃん
「今の間でちょっと期待しちゃった人に謝ってよ」


そういう私も期待してしまっただなんて、彼には口が裂けても言えない。
というか口裂けたら言えないけどね。

相変わらず笑ってごまかし続ける滝をみて、これ以上何を言っても無駄だと判断した私は深くため息をつく。


「ため息つくと幸せが逃げるよ」


爽やかな笑顔をこちらに向けてくる彼に返事はしないで、代わりにきつく睨んでやった。










言えない、この気持ち。

いつもいつも言えそうで言えない本心は、ずっと心の奥に隠れたまま。
彼の前には現れようとしない。


まぁ、それでも今はそれなりに楽しい状況だから言わない方が正解かもしれない。
そういうことにしておこう。





「滝」


彼の名を声にする。


「何?」


返ってくる声は笑顔のおまけつき。


喉辺りまで出掛かってしまった本心の声を飲み込んで、代わりの言葉を私の口は紡いだ。





「お返しは三倍でよろしく」

「えー」



今は未だ、言わなくてもいい。










06.04.11.  坂田明那 inserted by FC2 system