さよなら。また、会えるといいね。










もう振り返らない










桜の芽は、膨らんではいるもののまだ開かない。
日差しは暖かいのに、風はまだほんの少し冷たかった。
そんな風に髪はなびかれ、頬をくすぐる。
それに耐え切れなかった私は、髪を耳にかけた。少しは、マシになった。








自分の名を呼ぶ声がした。それを無視すると、二度目の声がする。


、そんな所にいつまでも登っているな。下りて来い」


少し怒っているような声だった。
最後だからもう少しこうしていたかったが、仕方ない。


「はーい」


気の抜けた返事をして、私は登っていた桜の木から下りた。
私を呼んでいた彼、手塚の横へと綺麗に着地する。
多少スカートが翻ったが、気にしない。

だが、隣にいた彼はそうもいかなかったようだ。


「・・・少しはスカートだということを気にして行動しろ」
「スパッツはいてるから大丈夫だもん」
「だが、もう少しくらいは・・・」


と、ぶつぶつ言い始めた手塚。
話が進みそうにないので、私は「はいはい」と軽く流した。


「で、何?」
「何?とはなんだ・・・分かっているだろう?」


彼は、少し悲しそうな顔をしてそう言った。私は表情を変えず、彼に言葉を返す。


「お別れの言葉でも、言いに来たの?」


手塚は、さっきと変わらない表情のまま一度だけ頷いた。





ほとんどの人が試験を受けず、青春学園高等部に行く中、私は外部受験をした。遠い遠い町の高校に。
理由は父親の転勤。
別にこの町に一人で残っても良かったのだが、一人暮らしでやっていける程私はまだ大人じゃないし、一緒に行くことにした。

この学校に、別れを告げて。





「いつ、引っ越すんだ?」
「明日。私が卒業するまで、わざわざ待っててくれたの」
「そうか・・・」


また、悲しそうな顔。しかしそれは少しの間だけ。
すぐにいつもの固そうな表情に戻る。





その後には他愛もない話が続いた。

ほとんどがどうでも良いくだらない話。
だけど面白くて、寂しさを紛らわすには丁度良かったのかもしれない。


時間だけが、ただ過ぎてゆく。





「あ、もう時間・・・」


腕時計を見ると、もう父親に帰ってこいといわれていた時間だった。
まだ引越しの準備があるらしく、いつもより早めの時間。





いつまでもこうしていたい、なんて思っちゃいけない。ちゃんとけじめをつけなきゃ。

そう自分に言い聞かせ、再び口を開く。


「そろそろ行くね。楽しかったよ、今までありがとう」
「ああ。こちらこそ世話になった、感謝している」
「じゃぁ、さよなら」
「さよなら」


そして私は、手塚の横を通り抜け、彼から遠ざかっていく。





もう、振り返らない。










、待ってくれ!」


いつもの手塚らしくない声が、後から聞こえた。彼から約10歩の所で私は止まる。
しかし、振り返る事はしない。


「俺は、お前の事が・・・「お願い」


きっとその後に続く言葉は、私が待ち望んでいたもの。だけど、私はそれを自らの言葉で遮った。
そして、振り返らないまま言葉を続ける。





「今はそれ以上言わないで。振り返りたくなっちゃうから」


その言葉を聞きたい。だけど聞いてしまえば、余計に寂しいじゃない。


「だから・・・良かったら、その言葉はまた会えたときに言ってくれない?」





強い風が、吹いた。
その所為で途切れてしまった言葉の、続きを吐く。





「その時に、同じ言葉で返すから・・・さ」

「・・・ああ、分かった」


優しい声の返答に、私はふいに泣きたくなったが、必死で堪えた。
そして、最後の言葉を紡ぐ。










「さよなら。また、会えるといいね」

「・・・そうだな」





ついに堪えきれなくなった涙が、頬を伝う。
気にはなったが拭う事はしなかった。彼に泣いてることを悟られたくなかったから。

振り返ることなく、私は彼から遠ざかっていく。











先ほどとは違う暖かい風が、私の髪をなびいて通り過ぎて行った。










06.03.27.  坂田明那 inserted by FC2 system