何度でも、その笑顔を。










彼女の憂鬱、彼氏のため息










目の前にいるのは、たくさんチョコレートが入っているであろう紙袋を右手に提げている私の彼氏。


「・・・怒ってる?」


少し申し訳無さそうに私に聞いた彼、不二周助に私は笑顔で返答した。


「別に怒ってなんかないよ。良かったじゃない、いっぱいもらえて!」
「絶対怒ってるでしょ。顔、引き攣ってるよ・・・」
「・・・・・・」


精一杯の笑顔を作ったつもりだったのだが、どうやら失敗に終わったようだ。
私は笑顔を作るのを諦める。彼の小さなため息が何故か大きく聞こえた。










私となんか釣り合いそうになんか無いけど、周助は正真正銘私の彼氏だ。
一緒に帰ったりもするし、何処かに出かける事もある。


しかし、それがまだ公になっていない事は彼の右手にある紙袋が語っていた。


周助は人気者。顔も良いし人当たりも良いし、何より優しい。
彼が今日という日にチョコレートを貰わないはずが無いということは、分かっていたはず。

分かっていたはず、なのに。





「帰ろっか」
「・・・うん」


こみ上げてくるのは醜い嫉妬心。
優しく声をかけてくれる彼にぶっきらぼうな返事しかしないのは、きっと八つ当たりだ。
そんな事しか出来なくて、素直になれない自分が嫌だった。

嫌というだけで、そんなに簡単に改善することなんて出来ないのだけども。


私は彼と目を合わせないまま、ただ前だけを見て学校を出た。
すぐ隣に彼はいるのに、その方向に顔を向けることさえ出来ないまま
薄暗い帰り道を、ただ進み続けた。










「ねぇ、
「・・・何よ」

また、ぶっきらぼうに返事をする。
名前を呼ばれただけで嬉しいなんて、絶対に言ってやらない。


「はい」

それだけ言うと、彼は手を差し出してきた。
意味が分からないというわけじゃない。だけど私は敢えて分からないフリをした。


「だから・・・何よ、その手は」
「分かってるくせに」
「・・・・・・はぁ」

少し黒めの笑顔で手を差し出す彼には勝てる訳もなく、私は大きな大きなため息をつく。
そして、手提げ鞄の中から綺麗に包装された包みを彼に押し付けた。





「きっと、周助の貰った他のチョコレートよりも美味しくないかもしれないし、
 包装も可愛くないかもしれないけど・・・頑張って作ったから」


彼の顔は、恥ずかしくて直視できなかった。
今の私の顔は多分真っ赤だろうと思う。





周助は、その乱暴に押し付けられた包みを受け取ると言った。


「ありがとう」


今まで何度も何度も私に向けられた、最高の笑顔を添えて。
呼吸が止まってしまいそうになるような、優しい笑顔だった。
さっきまで心の中にあった嫉妬心なんか消えてしまうくらい、


綺麗な笑顔だった。





「お、お返しは由美子さんのラズベリーパイがいいな!」

在り来たりでどうしようもない照れ隠し。
きっと彼には感づかれているだろう。


「分かった、姉さんに頼んでおくよ」

微笑みながら気づかないフリをしてくれる彼は、本当に優しい人だ。










一ヵ月後、ホワイトデーというイベントがある日には、また私は憂鬱になって、彼は呆れてため息をつくだろう。
一ヵ月後だけに限る事じゃないかもしれない。嫉妬深い私だから、小さい事で憂鬱になるかもしれない。

だからその度に、





貴方のその綺麗な笑顔を、私だけに向けて。










その薄暗い帰り道に、響いたのは明るい笑い声と優しい声。
















06.03.11.  「空に描いた僕らの夢」坂田明那 inserted by FC2 system